ある日、猪瀬直也の後輩の野上刑事が猪瀬家を訪れた。野上は成績優秀な男で、高学歴ではないが30代半ばで今は敏腕の警部、近く警視になるはずだ。猪瀬直也に犯罪捜査に協力してほしいというのだ。とはいっても、隣の新婚家庭を見張るための張り込み場所を借りたいというだけのことだった。
現在追跡している容疑者が、隣の住宅を訪れるかもしれないからだという。
野上は、かつて直也が指導官として初任教育をしたことがあった。捜査の基礎を教え込んだのだ。
張り込みを始めたときに、自らの刑事としての経験が役立つか――手助けできるか――と思った直也だったが、野上は「猪瀬さんは今や一般人ですから」と素っ気ない態度。捜査そのものには一切関与させないし、何の情報も与えない。要するに、場所は借りたが、住民としての直也は部外者としてすっかり無視されることになった。
直也は大いに落胆する。
野上は多田野の部下の佐伯を補助者にして、望遠鏡での見張りを始めた。
休暇で直也を遊びに誘いにきた多田野は、偉そうな態度で佐伯まで勢力下に囲い込もうとしている野上に強い反発を抱いた。
しかも、野上は高卒で入庁したのだが、業績抜群で警視昇任考査にパスしたエリートで、出世意欲がものすごく強い。そして、現場や地道な事情聴取を重視し、容疑者にも人情をかける直也の捜査方法には、強い批判を持っている。
野上は、科学的捜査、論理的推理に長け、容疑者に対する鋭敏で容赦のない尋問では、他の追随を許さなかったという。
だから温情家の直也に対しては「そんなやり方だったから、実績も上がらず出世できなかった」と、直也や多田野、そして早季子の面前で言い放った。
直也は落ち込み、早季子は反発して、野上にしっぺ返しを考える。多田野はつかみかかろうとして、直也に止められた。
早季子は、「近所づきあいだ」といって、なんと隣の家を訪ねて世間話を始めた。何を話しているのか、気になって仕方がない野上。世間話は、早季子の――傲慢な態度の――野上への「あてつけ」なのだ。
そんな最中に、大手新聞社を辞めてフリージャーナリストになった女性記者、柳田が直也へのインタヴュウのためにやって来た。彼女は、直也が刑事時代に知り合った警察担当の新聞記者だった。
ところが柳田は、エリート刑事の野上が張り込みをしていると知ると、直也そっちのけで犯罪捜査の取材をしようと躍起になる。
そして、野上に取り入るために、軽い気持ちで猪瀬刑事の捜査のやり方を揶揄した。
ところが、野上はそんな柳田の言い方に憤り、「尊敬する先輩を侮辱することは許さない!」と怒鳴った。
野上は「尊敬する先輩」直也の刑事としての素晴らしさを説明し始めた。
一度犯罪を犯して服役したり情状酌量となった者がふたたび犯罪を犯す「再犯率」は、きわめて高いという。
だが、猪瀬直也が逮捕して懲役刑にしたり、情状酌量して釈放した人たちの再犯率はゼロだったという。
ということは、直也の配慮がいかに犯罪者を深く改心させたか、また相手の人格や性格を見抜いて情状酌量したかという、直也の飛び抜けた刑事としての能力を意味している。そんなやり方は、ほかの誰にも真似ができない。
犯罪者に情けをかけるなどというやり方は、野上自身はけっして受け入れることはできないが、直也のやり方は社会から犯罪を減らすためにかけがえのない貢献をしてきた……と「実績」を讃えた。
柳田記者は、うなだれ、軽率な対応を恥じた。
やはりエリートの道に乗るほどの人物は、冷めた目で他者を観察・批判しながらも、長所や短所、仕事の成果を正確に見抜いている。
うなだれて家を出ようとする柳田記者に直也は声をかけた。
「業績を出そうとする気持ちはわかるが、焦るな。お前ならいつか必ずいい仕事ができる」と励ました。エリート刑事に取り入って犯罪捜査を強引に取材しようとするような無理はするな、ということだろう。やはり人情家だ。
というわけで、「優秀な刑事」の対極にある2つのカテゴリーを対置・対比させた、なかなかに唸らせる物語だ。