直也の親友の多田野が、「刑事の掟」と妻への愛情とのあいだで板挟みになる物語だ。
ある日、多田野が直也に助けを求めて猪瀬家に駆け込んできた。必死の面持ちだった。
多田野を二階の部屋に通して、事情を問いただすと、
長年、多田野刑事の捜査活動で情報提供者だったある女性の写真――押入れの奥に隠していた――が、妻の靖子に見つかって浮気を疑われて進退きわまっている、ということだった。
ところで情報提供者については、退職後も秘密を守ることが「刑事の掟(不文律)」なのだそうだ。
一年後に定年を迎える多田野は、妻との結婚が壊れるのも怖いが、かといって、本当のことを話すわけにもいかない、と困り果てている。
そんなところに、いきり立った靖子が押しかけて来た。
直也は、とりあえず落ち着かせようとして、早季子を靖子にともなわせて多田野家に帰して、翌日話し合おうという段取りにした。
ところが翌日、あの――お節介焼きの――町内会長と大場がやって来た。多田野夫婦の問題について「夫婦裁判」を開き、双方に言い分を率直に語らせて、こじれた関係に折り合いをつけようというのだ。大場が裁判長、町内会長が補佐役の判事になるという。
早季子と靖子も戻ってきて、「夫婦裁判大いに結構、やりましょう!」息巻いた。さらに大場の子分の若者と佐伯刑事も押しかけてきて、裁判員として参加することになった。
というわけで、力関係で押し切られて、多田野を被告とする法廷が開かれようとした。だが、多田野に刑事の掟を破らせるわけにはいかないと、「作戦タイム」を言いだして多田野と二階の部屋に退避した。
ところがしばらくして、直也と多田野が対処方法を言い合っているところに、大場が号泣しながら入り込んできた。
先頃、入り婿の大場は妻浮気がばれてしまった(⇒「C極道の恩返し」参照)。その妻がやって来て、そういう経歴がある大場が裁判長をするのは認められないと言い張って、彼を引きずり下ろしたのだ。大場は妻を再び怒らせてしまったと、嘆いているわけだ。
今度は、町内会長が裁判長になって法廷は再開されることになった。
大場の妻――極道の妻として迫力満点の貫禄!――は、靖子の弁護団=応援団に加わることになった。多田野の立場はいよいよ悪化した。
そこに真紀も帰ってきて、裁判員に加わった。
情勢人が圧倒的に優越する弁論で追い詰められた多田野は、直也の反対を押し切って「事実を話す」と決断した。
写真の彼女がじつは多田野刑事の情報提供者だったことを打ち明けた。
こうして、問題は一件決着したかと思った多田野だったが、事態はいっそう切迫してきた。
昨夜、早季子とともに部屋の掃除と模様替えをした靖子は、箪笥の後ろに落ちていた、これまた若い女性の写真を2枚見つけて、これについても怒りを増幅させていたのだ。
とはいえ、2枚の写真はいずれもかなり古い写真だった。焼餅を焼くには、いささか古すぎるようでもある。
すると靖子は、昔の恋人の写真であっても、いまだに保存していることが許せないと言い出した。
これに対して、真紀は「結婚したあとも昔の恋人の写真を持ち続けててもいいじゃない!」と言い出した。「それが、その人の人生の記録・記憶なのだから」という理由で。
こうして一時的に、対決軸は、若い真紀と靖子・早季子たちのあいだに転移した。 やがて追い詰められた多田野は、やはり事実を打ち明けることにした。
1枚の写真は、かつて多田野たちの捜査で冤罪の容疑をかけられ、執拗な事情聴取や捜査を受けて夫婦関係(家庭)が崩壊してしまった女性の姿だった。
刑事の捜査権限の行使が人びとの人生や幸福・平穏を破壊してしまう危険があることを、その苦い経験で知った多田野は、そのことを忘れまいと大切に保存しておいたのだ。そして、ことほどさように、刑事の責任は重く、捜査にかかわる事実は死ぬまで秘匿するしかないのだ、と多田野は説明した。
刑事生活の重い事実に、残りの1枚については不問のまま、多田野は許されることになった。靖子は、定年退職間近の夫との定年後の生活を考えて、過敏になっていたのだという。
さて、残りの1枚だが、あとで多田野が直也に打ち明けたところでは、現在も続いている情報提供者だという。どこか寂しげな横顔は、多田野の好みなのだという。
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