直也の娘、真紀――バリバリのキャリアウーマンらしい――が婚約者を連れてくることになった。
直也の心は泡立っている。というのも、真紀はこれまで恋人を親に紹介したこともないうえに、何の相談もなく自分たちだけで結婚を決めてしまったからだ。
さて、真紀が連れてきた青年は、高樹隆史という、いかにも今風の「軽い」若者だった――父親の直也の目から見ると。
職業は、一応ミュージシャンだというが演奏会は月に2回ほどで、当然、出演料では生活費が足りないのでアルバイトをしているという。「飾らない性格」は正直でいいが、しかし……と直也は驚くとともに不安を抱いた。
事情を知った多田野は「結婚詐欺」ではないかと疑っている。30歳を目前にして真紀は、最近結婚を焦っているから、心の隙を突かれてしまったのでなはいかと。
それで、直也は真紀と早季子を買い物に行かせて、隆史と2人だけで話して、彼の人柄・人物を見極めようとした。
ところが、おりしもそんなところに、お節介焼きの大場も真紀の結婚相手がどういう男か見極めようとして、町内の「世話焼き集団」を引き連れてきた。町内会長と中年の男女各1人、計3人のグループだ。
彼らがいろいろと隆史を問いただしていくうちに、
・隆史は収入が少ないために日頃、デイトのさいの食事代などは真紀からおごられていること
・つき合いの始まりは、ミュージシャンとしての隆史の「追っかけ」をしていた真紀にナンパされたこと
・貯金もないので、入籍しても結婚式(披露宴)は開く予定がないこと などが判明した。
その態度の無責任さを問い詰められた隆史は、
・自分が乳児のときに遺棄された孤児で、親も知らずに施設で育ったこと
・だが、成長するうちに親を知りたくなって、歌の才能はないことを知りながらも、ミュージシャンになって有名になれば、親が名乗り出るかもしれないという願望を抱いていること
を告白した。
だが、真紀を愛する気持ちは真剣な様子。そして隆史は、奨学金を受けて――アルバイトをしながら――大学を卒業したので、今、奨学金を返済し続けてることも判明。生活費にも事欠くありさまなのは、そのせいなのだ。
逆に、「こんなぼくだが、女性を愛していけないのか、結婚したくなってはいけないのか!?」と問いかけてきた。
町内のお節介グループも、隆史の気の毒な身の上と真紀への真剣な気持ちを知って、どうやら感動の面持ちになった。
直也は、隆史の身の上を知っても、それを理由に真紀の結婚に反対するつもりはなかった。だが、結婚して家庭を築くことにさいしては、正面から責任を引き受けなさいと諭す。何よりまず、言葉遣いや礼儀から身につけなさいとアドヴァイス。
結婚相手の親としては、娘の夫になる男としてしっかりしてほしいと願うのは、ごく当たり前だろう。
隆史は直也の説得を受け入れて、とまどいながらも今すぐにでも言葉遣いを改めようとした。たどたどしく……。
しばらくして、真紀と早季子が帰ってきて、すき焼きでの宴会となった。
そして、いよいよ隆史が正式に真紀の両親に結婚の許しを願う段になったところ、隆史は意外にも、「資金面での結婚準備のために1年半の準備期間がほしい――その間必死で働く」と言い出した。
来月には結婚(入籍)しようと考えていた真紀は大きな衝撃を受けた。「30歳を過ぎてしまう!」と。