ところで、マキァヴェッリは、イタリアの政治レジームの変革をめぐって、チェーザレ・ボルジアに大きな期待を抱いていたことが伝えられている。
惣領冬実の『チェーザレ 破壊の創造者』という作品で、物語の主人公として描いている人物だ。
マンガのメインタイトルは「チェーザレ」、副題は「破壊の創造者」となっている。
チェーザレとは、古代ローマ時代の英雄「カエサル」のイタリア語読みだという。そこで、チェーザレといえば、イタリアでは誰よりもユリウス・カエサルだということになる。
ユリウス・カエサルは、元老院制統治のもとで支配圏を軍事的に膨張させるだけ膨張させた帝国ローマが内憂外患で没落・解体の危機に瀕したさいに、皇帝支配・帝政のレジームの土台をつくり出して帝国を立て直した人物だという。
にもかかわらず、テーマを暗示する副題を添えながら、あえてチェーザレだけで、この主人公チェーザレ・ボルジアを表している。
さて、15世紀から16世紀のイタリアの権力闘争で活躍したボルジア家。
チェーザレは、1492年にローマ教皇アレクサンデル6世となったロドリーゴ・ボルジアの長子で、1475年生まれ、1507年没。
一般の歴史書では、従来、チェーザレ・ボルジアは権謀術数、姦計に長けた、悪辣な軍人政治家(君主)という評価を受けていた。
彼の行動は、当時のイタリアやヨーロッパの君侯や王の行動として、それほど大きな逸脱を見せたわけでは決してない。ただ、無駄で虚飾に満ちたレトリックや旗印を掲げることをしなかったのだ。
つまりは、自己の正当化を、そういう半ば中世的で宗教的な虚偽イデオロギーを用いてはしなかっただけだといえる。そういう時代が終わりつつあることを知っていたのかもしれない。
というわけで、そういう人物がイタリアの有力君侯のなかに出現したのは、イタリアの状況がもたらした事態であって、歴史認識の鍵はイタリアの政治的・軍事的状況にある。
同じ頃、日本でも既存の規範意識や観念を超出して新たな統治秩序、権力構造を創出しようとする集団が「悪党」を名乗っていた。奇妙な符合だ。日本とヨーロッパはすごく似ているようだ。
とにかくチェーザレは、君侯領主たちによる領域国家形成をめぐるヨーロッパ的規模での闘争のなかで、きわめてリアルに政治的=軍事的行動の目的と手段、駆け引きの手段を冷徹に見据えていたようだ。
彼は時代に先行していた、あるいは進みすぎていたのかもしれない。マキァヴェッリがそうであるように。
ここでは、マキァヴェッリとチェーザレの生きた時代のイタリアを中心とするヨーロッパの地政学、戦争や権力闘争をめぐる状況を考察してみる。このマンガ作品のテーマや背景を追いかけてみることにしよう。