笹屋のお熊 目次
見どころ
あらすじ
本所弥勒寺門前の名物婆さん
老人たちの活躍がうれしい
お熊と彦十
長谷川平蔵の境涯
身分制社会の外見と行動様式
お熊がもち込んだ話
探索の網
小千住の畳屋
お熊と平蔵
お熊の活躍
一網打尽
庄八と茂平
池波さんと「鬼平」の世界
時代劇を深く楽しみ、読み取るために
近代初期としての江戸時代
「水戸黄門」は存在できない
江戸の社会 貨幣
江戸の社会 刑事捜査
歴史考証の難しさ
実証社会史の見方
江戸期の身分制の実態

老人たちの活躍がうれしい

  池波さんの原作にもドラマにも、江戸の風情の描写と並んで、まさに当意即妙の会話、機知に富んだ言葉のやり取りがあります。それに強く惹かれて私は、少なくとも年に一遍は「鬼平詣で」にはまることになります。それがもう35年近くになるのです。
  なかでもうれしいのは、平蔵と達者な老人たちとの、そして老人どうしの掛け合いです。

  たとえば、
  あるとき、探索がてらの微行(素浪人意味をやつした見回り)で平蔵が弥勒寺門前を通り過ぎようとすると、笹やの軒下から、野太い塩辛声が飛んできました。
  「おい鉄っつぁん、ここまで来て、おれの店を素通りするってえ法はねえじゃあねえか。
  何も取って食おうとは言わねえ(または、金を貰おうとは言わねえ)、茶の一杯ぐれえは飲んでいきなよ!」

  そうなると、義理堅い平蔵は、若かりし頃、いろいろと世話になったから、お熊の顔を立ててやらねばならない。ということで、腹を括って店に寄ることになります。
  「そうか、じゃあ、まずい渋茶の一杯でもごちそうになるか。婆さん、世話になるよ」となります。
  小半刻も笹やに腰を据えて、婆さんと世間話をするのです。

  ところが、世知辛い世の中に歯向かうように生きてきたお熊の観察眼は、なかなかに鋭いのです。
  それで、お熊の話から平蔵は、本所界隈の人びとの動向、事件、世情などを把握し、火付盗賊改方の捜査や探索、犯罪の未然抑止に役立つ情報を仕入れることになるわけです。
  毒口にはしばしば閉口しながらも、お熊との会話は役立つことが多いのです。


  そしてしばらくしてから、平蔵は「ありがとうよ。また寄せてもらうよ」と言って、過分の銭を置いて店を出る。と、こういうことになるのです。

  若い頃、平蔵は鉄三郎と名乗っていましたが、義母との諍いから家(旗本)を飛び出し、本所をねぐらとして市井に交じり、荒くれ生活を送っていました。
  放蕩無頼、放埓無比のすさんだ暮らしだったということです。その頃、ときには懐がさびしくなったり、宿に困ったりすることもありました。
  そんなとき、平蔵はお熊に酒代をもらったり、塒を世話してもらったりしたのです。

お熊と彦十

  さて、そんな平蔵の無頼生活の頃につるんでいた子分格の彦十。
  この食えない爺さんとお熊は年来の知り合いです。同類でもあり、「天敵」でもあるのです。
  そして、平蔵の仕事の手助けをめぐっては、抜け目なく息を合わせて絶妙の連携を見せることになります。
  とはいえ、顔を合わせれば、互いに品性の欠片もないような罵り合いを演じるのです。

  骨と皮ばかりに痩せて皺だらけのお熊に、彦十は舌鋒を浴びせます。
  「この破れ提灯のしわくちゃ婆あ」とか「からかさ婆あ」と。
  お熊も負けてはいません。
  「この死に損ないのくそ爺い」「ごくつぶし」
  とはいえ、両者がつかみ合いにいたることはありません。「口先ばかりの軍鶏しゃも」の喧嘩なのです。
  そういえば、彦十は軍鶏鍋屋「五鉄」に居候しています。

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