笹屋のお熊 目次
見どころ
あらすじ
本所弥勒寺門前の名物婆さん
老人たちの活躍がうれしい
お熊と彦十
長谷川平蔵の境涯
お熊、役宅に現れる
身分制社会の外見と行動様式
お熊がもち込んだ話
探索の網
小千住の畳屋
お熊と平蔵
お熊の活躍
一網打尽
庄八と茂平
池波さんと「鬼平」の世界
時代劇を深く楽しみ、読み取るために
近代初期としての江戸時代
「水戸黄門」は存在できない
江戸の社会 貨幣
江戸の社会 刑事捜査
歴史考証の難しさ
実証社会史の見方
江戸期の身分制の実態

■実証社会史の見方■

  ですが、現在の社会史研究の成果は、「教科書的常識」をひっくり返しつつあります。

  フランス革命、というよりも「パリの争乱」で提示された「人権宣言」=「人および市民の権利の宣言(人と市民には女性は含まれません)」が、市民社会の内容として実質化し始めるのは、やはり1世紀以上のちのことでした。
  しかし、学者先生方は、かなりのレトリックと誇大表示を含んですこの宣言が、実際に市井の社会関係に実現したと、長い間信じてきたのです。そこで社会秩序が構造転換した、と。

  ところが、宣言としての法とか規範が、社会のなかで実質的な人間関係に浸透するのには、長い時間を必要とします。最近、ヨーロッパの実証史の成果が、このことを証明しているのです。
  そういう成果によると、イデオロギーや幻想を取り去った、実態としてのヨーロッパ市民社会は、あるいは江戸の町人世界よりも「遅れていた」かもしれません。
  ヨーロッパの市民社会に対して遜色のない「江戸の市民=町人社会」は、実際に存在したのです。

  とにかく、つい最近まで、文書として残った記録(多くの場合に、権力を保有する支配的身分や有力階級の構成員が記述している)をもとに、いわば無批判に、また想像力を働かせずに歴史を認識・再構成する手法が、アカデミズムで圧倒的に有力だったのです。
  正規の文書記録を残すことができなかった諸階級、一般民衆の側からの歴史的経験を発掘するのは、きわめて難しかったのです。


  時代が古くなるほど、識字・文書能力は経済的・政治的に有力な諸階級の特権でしたし、羊皮紙や和紙などは、非常に高価な希少品、奢侈品だったからです。
  ですが、文書記録の内容は、意識的にか無意識的にか、書き手の政治的立場や価値観を反映し、統治者の仕儀の正統化ないし神聖化を意図することが多かったのです。
  ゆえに、文書記録を通してその当時の社会の仕組みや生活を読み解くのは、大変難しい作業です。

  まして、革命や変革が起こり新たな統治レジームが形成された場合、新たな統治者、新興の支配階級は、自己の統治や優越を正統化するために、彼らが打倒した古い統治者や支配階級を貶価せしめるような歴史価値観を込めて歴史を記録します。
  そのような価値観やイデオロギーを教育や宣伝をつうじて浸透させようとします。

  とりわけ日本では、明治維新の指導者や明治政府の支配者たちは、彼らが進めた変革の意義や新たな国家(レジーム)を神聖化=正統化するために、ことに江戸期の歴史と社会の仕組みについて、徹底的に否定的に評価し、記述しました。
  江戸期についての素直な考証や評価が定着したのは、つい最近のことです。いや、アカデミズムでは、いまだに未来に属すことかもしれません。

前のページへ | 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済