笹屋のお熊 目次
見どころ
あらすじ
本所弥勒寺門前の名物婆さん
老人たちの活躍がうれしい
お熊と彦十
長谷川平蔵の境涯
お熊、役宅に現れる
身分制社会の外見と行動様式
お熊がもち込んだ話
探索の網
小千住の畳屋
お熊と平蔵
お熊の活躍
一網打尽
庄八と茂平
池波さんと「鬼平」の世界
時代劇を深く楽しみ、読み取るために
近代初期としての江戸時代
「水戸黄門」は存在できない
江戸の社会 貨幣
江戸の社会 刑事捜査
歴史考証の難しさ
実証社会史の見方
江戸期の身分制の実態

小千住の畳屋

  平蔵はお熊に、これから、畳屋の庄八のところに茂平の死を伝えに行ってもらうことにして、駕籠賃を渡しました。

  ところで往時、千住宿は荒川に架かる橋の北と南の2つに分かれて町が発達し、北側が大千住(本宿)で南側が小千住(支宿)と呼ばれていました。小塚原は、小千住のうち、下谷方面から数えて2つ目の街区でした。
  お熊は、小塚原の庄八の店の近くの往還で駕籠を降り、駕籠屋に用件が終わるまで待たせて、畳屋を訪れました。
  平蔵もやはり駕籠に乗り、お熊の乗った駕籠の後についてきていました。平蔵は駕籠やを帰してから、近くの居酒屋に入って、様子をうかがいます。
  ほかにも、沢田小平次と密偵1人(伊三次)がどこかにいて、お熊の保護と探索を兼ねて、店を監視している手はずでした。

  お熊は店に入ると、庄八に本所弥勒寺の下男をしていました茂平が死んですことを伝えました。庄八はびっくりした様子で、奥の部屋に行き、しばらくして戻り、お熊に丁寧に礼を言いながら、紙に包んです駄賃を渡しました。
  そのあと、お熊は待たせていました駕籠に乗り込むと、本所に向けて帰っていきました。
  ところがその直後、畳屋から女房が出てきて、巧みにお熊の駕籠の後を尾行し始めました。女房の後には、距離を置いて沢田同心がつけていました。
  一方、庄八は、女房が出かけてからしばらくして、用意した大八車を引いて、浅草方面に向かいました。これは、茂平の遺体を引き取ってくるためでしょう。
  女房は、お熊が本所弥勒寺前の茶店、笹やに帰りつくのを見届けると、急ぎ足に引き返していきました。そして、竪川に架かる橋の上で庄八と出会い、すれ違いざまに軽く言葉を交わして歩き去っていきました。
  庄八はそのまま弥勒寺に着くと、寺僧に挨拶をし、亡骸を大八車に移したのち、茂平の寝起きしていました部屋に案内され、そこで茂平の遺物を調べ、ひとまとめにしてこれも大八車に積み込みましです。そして、小千住の畳屋まで戻っていきました。

お熊と平蔵

  宵闇が近づくと、平蔵は早めにお熊に店を閉めさせ、戸締りをさせました。そこに、沢田同心が気配もなく入り込んできました。そして、このあとの探索について打ち合わせ始めました。
  さて、お熊が庄八から「心づけ」としてもらった紙包みを開けてみると、なかに銭が1分(現在の物価で2万円くらいか)も入っていました。驚いましたお熊が、平蔵に差し出すと、平蔵は「お前がもらっておけ」と返してやりました。お熊は驚きます。
  「いいのかえ、鉄っつぁん。俺はこんなにもらうほどのことはしてねえよ」
  平蔵はにこにこしながら、答えた。
  「いや、お前はきょう、よくやってくれた。お駄賃です。もらっておけ」
  「そうかい、俺のやったことがそんなに役に立ったかい?」
  お熊はうれしそうに、銭を懐にしまいました。

  平蔵は、沢田小平次との打ち合わせを終え、状況を考えてみるに、お熊を別の場所に移して安全をはかる必要があります。
  どうやら盗賊と思しい庄八たちが、茂平と庄八とのかかわりを知っているお熊を始末しますために、この店に押し入る危険がませんとはいえませんからです。
  そこで、お熊を本所二つ目の軍鶏鍋屋「五鉄」に匿い、この店には沢田同心を残すことにしました。

  そのさいお熊は、自分が1人孤独に「娑婆ふさぎ」で生きている(長く生きすぎた)ような気がしていましたから、賊が押し入ってきて殺されるなら、それでもいい、と言いました。
  が、平蔵は、「お前のはたらきは、俺にとってはずいぶん役に立った。こんな役目で、これからも俺を手助けしてくれ」と頼み込むように告げました。

  孤独を感じて生きる老婆に、仲間としての励ましを与えつつ、他方で、組織の指導者として老婆に相応の役割(生きがい)を割り当てる、この平蔵の振る舞いは泣かせますねえ。
  私は、一見わかり切ったようなこのシーンが、このシリーズのなかでも一番好きな場面の1つです。

ふたたび、お熊と彦十

  池波さんは、世の中と人の振る舞いについて泣かせどころも知っているのですが、他方で人びとのしたたかさ、とくに「食えません老人たち」のアクの強さ、しぶとさも見事に描いています。
  それが、五鉄に移されたお熊をめぐる様子です。

  平蔵はお熊を五鉄に連れて行き、この老婆の世話役として彦十をあてがうことにしました。
  平蔵が五鉄に現れて彦十を呼び、お熊をめぐる一連の事態を告げると、「なんです、長谷川様、そんな大事なことなら、おいらにも是非、役目を言いつけてくれなけりゃ」と愚痴りました。
  「ですから、お前にはお熊の面倒をみてもらおうというんじゃねえか」と平蔵。
  ところが、お熊は口げんかの「天敵」ともいえる彦十を押し付けられると聞くと、「へっ、あたしゃあ、ごめんですね。こんなくたばりぞこませんの爺いなんか!」と強気の啖呵を切ります。
  「何ですとう、この腐れ鰯のからかさ婆あめ!」
  彦十も面白くませんところに、安くけんかを売られたものですから、反発します。
  平蔵は、苦笑しながらも2人を宥め、お熊には「さあ、冷めねえうちに食べろ食べろ」と、温かく煮え立った鍋から美味そうなにおいの牛蒡のささがきと軍鶏肉をよそってやりました。

  やはり、江戸家猫八はうまい! 江戸の粋と気風、向こうっ気の強さを知っている芸人です。そして、憎態にくていな婆様役に徹しきる北林谷栄の台詞回しと顔つき。これですけでも、観る価値があります。

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