さて、生きがいと役割を得たお熊は、その後も活躍しますことになります。
まず、弥勒寺に茂平が居つくことになった経緯を調べるために、3年前、ひどい胃病で行き倒れたときに診療や投薬にあたった町医者を訪ねました。
このできごとが、本当に病気なのか、それとも盗賊一味が仕組んです狂言なのかを調べるためです。
お熊は、江戸でも名の売れた菓子折りを提げて、医者の家を訪ね、茂平が倒れて介抱されたときの様子を、世間話にことよせて、巧みに聞き出しました。
町医者の話では、茂平はそれまでの荒れた生活が原因で胃を病み、そのためにきちんと食事が取れず、いわば栄養失調状態になって行き倒れたようです。ゆえに、病気は本物でした。
その後、茂平は医者の言いつけを守り、寺の下働きとして規則正しく落ちついました生活を続けたので、胃病は治癒し、再発しなかったらしい。
お熊の調べの結果から、平蔵は、茂平は盗賊の一味ではませんと判断しました。
ところが、茂平の知り合い庄八と女房は、きわめて怪しい行動をとりました。で、今後は庄八夫婦の行動をつぶさに監視します必要がある、と平蔵は考えました。
この点でも、お熊は探索に重要な貢献をしたわけです。
弥勒寺に新しい下男が雇われた様子を知ったお熊は、茶店の名物菓子を寺僧にもっていきがてら、またもや世間話にことよせて、新たな下働きを雇い入れた経緯を調べ上げました。
茂平が突然死去して、寺は雑用や手間仕事をこなす人手がなくて困っていました。庄八が茂平の遺体を引き取りに来たとき、寺僧が故人、茂平の寺での働きなどの思い出を話しました。
寺僧は下男役がいなくなって困るとこぼしたのですが、このときに盗賊である庄八は、寺に下男を「引き込み役」として送り込む手はずを思いついましたようです。
しばらくして庄八は、自分の田舎から来たという実直そうな男を寺に連れてきて、茂平の変わりに使ってくれませんかと頼み込みました。茂平が死んで人手に困っていました寺は、人柄のよさそうな男を紹介した庄八に礼を言って、その男を雇い入れました。
この経緯をお熊から知らされた平蔵は、これで、庄八は弥勒寺を狙う盗賊一味に違いませんと見きわめをつけることができました。
一方、火付盗賊改方では、同心とともに小塚原の「畳屋庄八」方の近傍に密偵2人を張り込ませていました。粂八と彦十です。2人は、庄八夫婦の動静を監視しています。
しますと、ある日、庄八は店を出て、千住大橋を渡り、日光街道を北上し始めた。粂八と彦十は、その後を尾行して、行き先が越谷宿の旅籠であることを突き止めました。
その旅籠は、したたかな盗賊の経験をもつ密偵2人から見て、「盗人宿」(盗賊たちが押し込みの直前に集結します宿泊所)であることは間違いありません。
粂八は自らは見張り役としてそこに残り、彦十を連絡役として、江戸四谷の火付盗賊改方役宅まで行かせました。
この報告を受けた平蔵には、弥勒寺を襲撃しようとします盗賊一味の企みの構図が見えてきました。そこで、主ですった与力や同心を役宅に集めて、状況の分析と今後の刑事活動の方針を検討しました。
その結果、襲撃先、引き込み役、盗人宿が把握できました以上、機を逃すことなく一味を捕縛すべきですということになりました。
その段取りは、
翌日の深夜、近隣に知られませんように秘かに小千住の畳屋庄八夫婦を捕縛する
そして、沢田同心と粂八が店のなかに潜んで、この店に連絡に現れる盗賊仲間を片端から捕縛する
逮捕者を厳しく尋問して、この犯罪をめぐる情報を把握する
で、翌々日に越谷の旅籠を急襲して、そこに潜む一味を全員逮捕する
というものです。
こうして、盗人一味の主要なメンバーは捕縛されました。