それでは、もちろん私の勝手な好みによって、個別の映画作品において印象的な音楽(楽曲)とその役割や意味を考えてましょう。
この映画では、全長200メートルを超える、戦艦並みの巨大さを誇るソ連の先制攻撃用潜水艦レッドオクトーバー(クラースナヤ・オクチャーブリ)が登場します。
スクリュウ=プロペラによる駆動ではなく、超電磁誘導による無音推進装置を備えていて、通常の対潜ソナーでは捕捉されない潜水艦なのです。
その処女航海演習に参加した艦長以下の士官たちが、全員、しかもこの最新型潜水艦ごとアメリカへの亡命を企てます。
そして、艦長のラミウス・マルコヴィッチは、この亡命企図をクレムリンに堂々と通告しました(ソ連国家と海軍に対する宣戦布告に等しい)。
舞台のほとんどは、海面下の潜水艦の内部であり、全体として重苦しい雰囲気が立ち込めています。
最新鋭の巨大潜水艦の内部で、命がけの亡命企図。
亡命を阻止するために、ソ連海軍はレッドオクトーバーを撃沈しようと臨戦態勢を敷きます。
その異常な動きとラミウスの行動スタイルから、亡命の企てを察知したCIAのアナリストが、NSCの命令で大西洋での秘密作戦に動き出します。
レッドオクトーバーを撃沈しようとするソ連海軍と、最新鋭の潜水艦ごと艦長と士官の亡命を成功させようとするUS海軍との虚々実々の駆け引きが繰り広げられます。
そんな状況下、背景に断続して流れる雄大で感傷に満ちた楽曲がソ連国家です。
兵器としての壮大さ、これに対する士官たちの悲壮感と自由への渇望、あるいは祖国への絶望・・・。
そんな雰囲気全体を表現するのにピッタリの楽曲が、まさにソ連国歌なのです。
まず、レッドオクトーバーがポリァルヌィ運河を出て北極海に出撃していくシーン。
最新鋭の潜水艦に乗務するエリート意識と高い士気を示すかのように、乗組員たちが国歌を合唱します。途中からは、すばらしい男声合唱団のコーラスに変わります。
力強さと悲壮感、哀切さをともなうソ連国歌(現在はロシア連邦共和国の国歌)。音楽的に見てもすばらしい水準の楽曲である――それが代表する国家の重苦しさにもかかわらず。
やがて、この曲は、さまざまなヴァージョンの編曲による器楽曲(ムージカ・インストゥルメンタリス)になったり、男声合唱に戻ったりしながら、物語の背景を飾り続けます。
音楽の圧倒的な存在感と印象によって、私は、それまで気にもとめなかったソ連国歌をあらためて意識することになりました。
兵営国家としてのソ連の政治的・社会的な重苦しさのなかで、いやツァーリが支配するロシア帝国時代から、ロシアでは美しく抒情的で感傷的な音楽が数多くつくられてきました。
そして、政治的抑圧と生活苦のなかで、人びとは音楽やバレエなどの芸術を身近に求め続け大切にしてきました。その独特の歴史を想起することになりました。
しかも、この映画作品がヒットして間もなく、ソ連レジームは崩壊していったのです。
私のこの映画音楽への感傷(思い入れ)は、まさに滅んでいったソ連国家の墓碑銘(墓標)としての国歌=楽曲に対してのものです。⇒レッドオクトーバーを追え