参照記事⇒V フォー ヴェンデッタ
ファシズムが支配する近未来のブリテンで、独裁政党=ノースファイアーへの反逆を企てる怪人と若い女性、イーヴィ・ハモンドの宿命的な出会いと訣別を描く物語。
この物語では、ブリテン王国は、深夜の外出禁止令を根拠して、完全な暴力装置に転化した警察組織が市民を徹底的に監視・弾圧するレジームのもとにある。
イーヴィはある夜、帰宅が遅れて暴力警察の餌食になる寸前に、怪人Vによって救出された。Vは、レジームへの反逆にこそ正当性があると公言して、ロンドン全体に闘いの烽火を上げる。
正義の象徴としてのオールドベイリー(中央刑事裁判所)を爆薬で破壊したのだ。
この爆破のシーンで演奏される楽曲は、チャイコフスキーの〈序曲《1812年》〉。
Vは、「これからロンドンの中心部で大演奏会を開催する」と宣言して、放送ジャックを仕かけてあらゆる放送番組にこの曲を送り込んだ。
この曲では、クライマクスに「大砲の大音響」が挿入される。実際に空砲を大砲から発射することもある――映画版『のだめ カンタービレ』に、ル・マルレ楽団の復活を告げる場面として、そういうシークェンスが登場する。
つまり、苛烈な爆発音が、楽想に組み込まれているわけだ。したがって、オールドベイリーを破壊する爆発は、まさにこの曲に完全に合致していることになる。
しかも、〈序曲《1812年》〉は、ヨーロッパ大陸を強大な軍事力で支配していた皇帝ナポレオンの権力が、無謀なロシア侵略の結末としてロシアの民衆の抵抗と反乱とによって掘り崩されていく過程を叙事的に描く音楽である。
驕れる支配者の優越が民衆の反逆によって挫かれる物語を描くのであってみれば、Vの反逆の烽火として、これほどふさわしいものはない。
権力装置の象徴が、民衆の反逆を鼓舞祝福する楽曲とともに破壊される、この衝撃的なシーンをよりいっそう印象的に描く手法には、まことに恐れ入る。
そして結末のシーンは、
Vの呼びかけにこたえて、ロンドン中心の街路(トラファルガー広場やピカデリーサーカスなど)いっぱいにデモンストレイションに繰り出した市民の大群衆の行進。彼らは全員、Vの仮面とマントを着けている。
一方、秘密警察との決闘で致命傷を負ったVの遺言にこたえて、ウェストミンスター官庁街の地下に、爆薬を満載した地下鉄電車を乗り入れて、ビッグベン(ベンジャミンの時計塔)を含む議事堂を吹き飛ばした。
冒頭の序曲は、ここまでの流れを予告しているように思える。
もとより、〈序曲《1812年》〉は最後の楽章で、ナポレオン軍の支配と抑圧、収奪から解放されたロシアの平原の村むらでの平和の回復と復興が描かれるのだが、この映画では、もっぱらレジームに対する反乱や抵抗、破壊の側面が強調されている。