ロンドンのダウンタウンでピアノ教師をしているマダム・スザーツカ。才能豊かな少年少女にピアノの基礎を厳しく指導している。
「私は、彼らのピアノの母親なんです。そして、生活のすべての素養やたしなみを躾けているの」
「ピアノの演奏には、あなたの人生のすべて、教養や家族や付き合う友だち(がどれほどのものか)・・・がそのまま出るんです」と言い切る。
だが、今青春のただなかを生き思春期を迎えている若者たちは、その年代(あるいは時代)特有の願望や悩みがある。だからスザーツカの指導に反発することもある。
そしてやがて、才能と資質に恵まれた教え子たちは、いつしか自分自身の進むべき道を自ら模索し、決めていく。自立への一歩は師匠との対立や訣別を生むことになる。
マダム・スザーツカの厳しい指導のもとで、マネク少年はピアニストとして短期間に急速に成長していった。
スザーツカは、ロンドン都心の古い邸宅に間借りしている。屋敷の持ち主はエミリーという老婦人。だが、邸宅は老朽化している。
マネクは、スザーツカと同じ家で暮らすエミリー家の住人全員と親交を深めていく。
ところが、母シューシラは勤め先の菓子店をくびになってしまった。
十数年前、富豪の夫と離婚したシューシラは幼いマネクを連れてインドからロンドンにやって来た移民だった。だが、お嬢様育ちで富豪の奥様だったシューシラには生活能力がない。
彼女はインドから持ってきた宝石や宝飾品を、この十数年間に、生活のためにすっかり売り払ってしまった。もう金はない。
マネクは金を得るために、音楽プロモーション会社が企画したコンサートでプロとしてのデビューすることを決意する。
けれどもそれは、スザーツカの教育方針とは相容れないもので、ゆえに彼女との対立と別れを意味した。
一方、エミリーの家も売りに出され、その家に残るのは、スザーツカだけになってしまった。居住権を盾に彼女は、行政機関や大手資本と一戦を交えるつもりかもしれない。
スザーツカはマネクとの決別を悲しんだ。
「この子こそ稀代の天才」と見込んだ弟子2人、10年まえのエドワード、そして今回のマネクに、見捨てられてしまったと落ち込む。
だが、見捨てられたのではない。
スザーツカの素晴らしい基礎教育のおかげで、少年たちが一気に成長して新たな次元に跳躍していったのだ。
その跳躍台を用意したのは、スザーツカだった。
スザーツカと再会するために訪れたエドワードの励ましで、彼女はそのことに気づいた。スザーツカは元気を取り戻した。
彼女は毅然とした眼差しで立ち去るマネクを温かく見送り、エドワードの紹介でやって来る才能ある少年を新しい弟子に迎える心の準備ができた。