さて、ギャルヴィンは判事にケイトリンを新たな証人として追加申請し、証人尋問を請求した。これには、コンキャノン側から反対・忌避はなく、すんなり認められた。
ケイトリンをめぐるできごとは、タウラー博士はコンキャノンにも秘匿していた。自己保身をはかるための屈辱的な事実なので、秘匿していたのだろう。
ゆえに、コンキャノンは新たな証人の「重要性」=「危険性」にまったく気づかなかった。
ところが、元看護婦の証言には、聖カトリーヌ病院と医師団にとって恐ろしい破壊力をもつ爆薬が仕かけてあるのだった。
巨大組織の権力の側に属す人間は、地位や名誉を守るために都合の悪い事実を隠したがる。そのことが、この物語では、大逆転・状況転換の鍵になっている。
自己保身のための小さな嘘が、その嘘を隠すために別の嘘を用意しなけらばならなくなり、辻褄合わせのためにさらに嘘で糊塗していく…。立場上の力をもつがゆえに弱い者にしわ寄せして虚偽をでっち上げる。
嘘の連鎖ができあがり、かならずどこかに綻びを生ずる。
私たち庶民=弱者にとっては、下手な言い訳や嘘を言わずに正直であることが何よりの自己保身の方法なのだが。
だからケイトリンは麻酔医師による過失隠蔽には手を貸さず、その代わり、好きな仕事やキャリアを失った。重い代償を払って、彼女は自分の誇りを守った。しかし、みじめさを引きずることにもなった。
証人尋問が始まった。
ギャルヴィンの質問とケイトリンの返答によって明らかになったことは、
事件当時、彼女が聖カトリーヌ病院に看護婦として勤務していて、デボラーと面談して調査票を作成していた。その調査票には、ケイトリンはデボラーから聴き取ったとおり、直近の食事から麻酔前までの経過時間は1時間と記入した。
ということだった。
これが事実とすれば、病院側=医師団にはきわめて重大な過失・過誤があったことになる。
被告側の(反対)尋問に立ったコンキャノンは、ケイトリンの証言の信憑性を掘り崩すために、厳しい質問をぶつけていった。
彼は、病院から提出され、法廷で証拠として採用された調査票を手にして、ケイトリンに迫った。
「あなたは、4年前には調査票に食事は9時間前と記入して署名したでしょう。なのに、いまは1時間前だったと言う。明らかに矛盾し混乱している。どちらが本当なのです? いいかげんな証言で、有能な医師たちの資格を奪うつもりですか」
ケイトリンは取り乱しながらも、気丈に答えた。
「そうです。私は署名しました。でも、私がそのとき書いたのは、1時間前ということです。こんなこともあるかもしれないと思い、コピーを取っておきました。これです」
調査票の写しを見たコンキャノンは、判事に訴えた。こんなコピーは証拠としての審査や採用手続きを経ていないから無効だ、と。
ホイル判事も事態の成り行きに動揺したが、コピーが取られた経緯の説明を求めてから、証拠能力を裁定すると述べて、ケイトリンに証言の継続を求めた。