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有力貴族の令嬢としてわがままいっぱいに育ってコンサールヴォ7世に嫁いだテレーザは、相当に「心がねじけた」女性のようだ。あるいは育ち方や家庭環境によって発症した精神病質なのかもしれない。人の心を苛むことに喜びを感じ、それを愛情の表現であると錯覚しているらしい。その歪んだ愛情が生み出した「傑作」が跡継ぎ、ジャコモなのだから。
そして、夫を威嚇して、彼の庶子、バルタザーレを家令としてウツェーダ家に仕えさせた――裏で糸を引いた――のもテレーザのようだ。夫の浮気相手となった侍女への嫉妬や嫌悪がそうさせたのかもしれない。
テレーザは、公爵家の嫡子=跡継ぎとしてのジャコモにも、この歪んだ愛情と支配欲を注ぎこんで育てたという。だから、ジャコモによれば、「生まれて物心がついてから母親の愛情を受けたと感じたことは一遍もない。彼女は、私を精神的に虐待してきた。だから、私は母親には憎悪と猜疑を抱きながら育った」という。
「しかし・・・」とジャコモは続ける。
「今となっては、それが母の私への愛情だった、公爵家の跡継ぎ=支配者としての私に他人への対処の仕方を学ばせようとする教育だったのだ、と理解した」と言い切る。これまた、倒錯し、ねじけた家族観ではないか。
憎悪こそ、他者を疑い、支配する手段を見出す原動力なのだから。私は、憎悪を発散することで富と権力を獲得してきた。それが支配者の哲学だ、と言い切る。 今では、ジャコモは、母親から受け継いだ歪んだ家族観や教育観を、嫡子のコンサールヴォに注ぎ込んでいる。
物語の冒頭で描かれるのは、コンサールヴォに対するジャコモの「虐待」ともいえるほどの躾けである。
コンサールヴォ少年は好奇心旺盛で生意気盛りの少年だ。だが、ジャコモはコンサールヴォの活発な好奇心や知的欲求を憎悪をもって抑圧しようとする。
何でも知りたがり、素朴な疑問をぶつける利発な少年は、家柄格式とか体面の取り繕いには気づかないし、関心を向けない。理解できない。ほじくってはいけない事実やおとなたちの欺瞞・取り繕いの裏にある事実を知ろうとする。それが、いちいちジャコモの気に障るらしい。
今日もコンサールヴォは、ちょっと生意気な口をきいて、父親から厳罰を食らった。石造りのテラスの回廊を膝立ちで歩かされた。苦痛で悲鳴を上げる息子に一片の気遣いすら見せないジャコモ。代わりにコンサールヴォに寄り添って励まし、慰めるのは、バルダッサーレだ。
こうして、コンサールヴォはしょっちゅう父親から体罰・制裁を加えられている。こういいう少年が、父親に対してどういう感情を抱き、どういう関係性を築き上げるかは、推して知るべしだ。