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この8年のあいだに、ジャコモの偏狭で頑迷、猜疑心が深い性格はずっとひどくなっていた。とりわけコンサールヴォに対しては、ジャコモ自身や家門に災厄をもたらす疫病神・悪霊であるかのように思い込むようになった。だから、コンサールヴォを修道院に押し込めておくのは、災禍の原因を遠ざけておくための手段だと考えるようになっていた。
だが、修道院の解体によってコンサールヴォは家に戻ってきた。
おりしも、ジャコモの頭部には腫瘍ができてどんどん悪化していた。ときおり鋭い痛みを覚えるようになっていた。彼の精神の錯乱と偏狭は手の施しようがないほどに悪化した。
しかし、近代医学を毛嫌いするジャコモは、医者の診察を受けるのを頑なに拒み、かつて修道院長だった初老の修道女の祈祷にすがって治癒しようとしていた。修道女によれば、ジャコモの病気は家門にとりついた悪霊・悪魔のしわざであるとのことだった。親族のうちの誰かが、ジャコモと家門を呪い災厄をもたらしている。これが尼僧の見立てだった。
ジャコモは、大金を払って修道女による祈祷を受けていた。修道女は、見よう見真似で覚えたエクソシズム(悪魔祓い・悪霊退散)の儀式をジャコモに施していた。痛みを覚えるジャコモの頭部の腫瘍に燃える蝋燭から溶融した蝋を垂らしたりしていた。
これでは、ますます病状は悪化するばかりだった。
だがジャコモは、腫瘍の悪化・進行は、疫病神(悪霊の担い手)であるコンサールヴォが家に戻り自分に近づいたからだと思い込んでいた。
ところで、「革命」によって各地の修道院が解散・解体されてしまったことから、多くの修道僧や修道尼が生活の糧と身の置き場を失っていた。ジャコモの祈祷師となった修道女も、そんな立場の1人だった。結局、貴族に比せられる修道院長の地位を追われたため、権力と収入の道を失った彼女は、怪しげな似非エクソシストとなって迷信深い貴族や金持ちをたぶらかして生きるしかなかったのだろう。
有力貴族であるにもかかわらず、学術や芸術を毛嫌いするジャコモは、迷信――それも自分自身でこねあげた妄想――に取りつかれていた。
腐臭を放ちながら内部から崩壊していく貴族の地位や身分を象徴しているのが、ジャコモの人物像なのだろう。