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さて、ジャコモの末妹、キアーラは、フェデリーコの子どもを何度も妊娠したが、すでに3度も流産していた。キアーラ自身の体質が虚弱だったために、流産を繰り返したが、4度目の赤ん坊はかなりの早産になり、しかも死産という結果に終わった。
血縁関係が近い貴族の家柄同士の結婚だった――しかも近親間での婚姻が何度も繰り返されてきた――ために、避けられない事態だというべきか。
だが、キアーラはフェデリーコの跡継ぎが何としても必要だと考えていた。そこで、美貌の妙齢の美女で侍女のローザを夫にあてがって、嫡子を産ませるようにはからった。ためらうローザに対しては、キアーラは女主人としての立場を利用して「強制」に近い要求だった。
こうして、およそ1年後、ローザは男児を出産した。だが、ローザが男児に母性としての愛情を注ぐ機会は一瞬たりとも与えなかった。生まれたばかりの赤ん坊を奪い取ると、すぐに自分たち夫婦の実子という虚飾を施し、フェデリーコ伯爵の嫡男(タンクレーディと命名!)として育てることにした。
家門の系統を守るためには、弱いものを道具のように使役し痛めつけ、自分の気持ちを犠牲にして・・・、いや、貴族の家門意識とはすさまじいものだ。
ところで、時間をコンサールヴォが修道院から家に戻ったところに戻そう。
テレーザも修道院付属学校を卒業して戻ってきていた。テレーザは少女の頃の面影を残したまま美しく成長していた。そして、コンサールヴォの相棒、ジョヴァンニーノと出会った。
ジョヴァンニーノは、ラダーリ公爵家の次男で、ミケーレの弟だ。公爵家の跡継ぎは、長男のミケーレに決まっていた。そして、テレーザが生まれてすぐに、ジャコモの意思で、そして親どうしの約束事として、彼女はラダーリ公爵家の後継者としてのミケーレと仮婚約した。
言うまでもなく、政略結婚だ。家門と家門とのあいだの政治的・財政的な同盟を結ぶ手段である。
だが、若い娘は美青年に憧れる。
テレーザはジョヴァンニーノと出会うと、長身白皙の彼に恋をした。というのも、そのときのテレーザには、短躯で小太り、顔立ちもいまいちのミケーレは眼中になかったのだ。ミケーレ自身も引っ込み思案で、自分の要望に強い劣等感を抱いていたから、妙齢の美女、テレーザに対して気後れしていた。だから、アプローチをしなかった。
テレーザに積極的に近づくジョヴァンニーノを羨ましそうに遠巻きに見ていた。
そして、テレーザはジョヴァンニーノへの恋が実ると信じていた。気持をジャコモに伝えれば、婚約者の変更は容易にできるものと思い込んでいた。
貴族の家柄の家門政策については、まるきり無知だった。だから、ジョヴァンニーノとの恋が実るものと思っていた。
そのうえ、家族のなかで一番信頼感を抱いていた兄、コンサールヴォがふたたび家を離れてしまったので、テレーザは寂しさを紛らすために、なおいっそうジョヴァンニーノに心を寄せることになった。
だから、やがて厳しい現実の壁にぶつかることになった。
貴族の家庭においては家父長の意思と権限は絶対である。子どもたちの身の振り方、まして結婚については、本人たちは何も言えなかった。そのことは、まもなく明らかになった。
テレーザは大叔母の家を訪れ、コンサールヴォに父親と和解して家に戻るよう説得した。だが、コンサールヴォは拒否した。そして、妹に「お前も父親の手許で従順に暮らしていると、犠牲にされるぞ。・・・その証が、おまえの婚約相手だ。ジョヴァンニーノは次男で財産も爵位も与えられない。親父が娘の結婚相手に求めるのは、権力と財産だ。だから、ジョヴァンニーノとは結ばれない。お前の結婚相手は公爵家の跡継ぎミケーレだ!」と手厳しく言い放った。
内心ひどく恐れていたことを指摘され、テレーザは怒り怯えて、コンサールヴォから逃げるように帰っていった。
家に帰ると、父親の命令がテレーザの悲しみに追い打ちをかけた。 「お前の結婚相手は、ミケーレだ!
貴族の娘が恋愛結婚なんてとんでもない。私の妹のルクレーツィアを見るがいい。庶民での弁護士、ジュレンテと結婚したが、12年後の今はどうだ?! 金も力も地位もないことを毎日嘆いているじゃないか。しかるべき家柄に嫁いでこそ、妻としての幸福はあるのだ!」
というわけで、ジャコモとラダーリ公爵未亡人とは結託して、テレーザの気持ちがこれ以上ジョヴァンニーノに傾かないうちにと、さっさと婚礼の期日を決めてしまった。そして、テレーザも結局従うことになった。というのも、・・・
ラダーリ家では、ジョヴァンニーノに因果を含めてドイツ、オーストリア方面に遊学させた。テレーザはジョヴァンニーノに駆け落ちを迫ったが、ジョヴァンニーノは応じなかった。
やがて、結婚式の直前、テレーザはドイツから帰郷したジョヴァンニーノとダラーリ家の邸宅付属の教会の礼拝室で密かに会ったが、ジョヴァンニーノはすっかり抜け殻、敗残者になっていた。
そして、婚礼の当日。
泥酔して自暴自棄になったジョヴァンニーノは、テレーザとワルツを踊ったのち、足元がおぼつかなくなり、コンサールヴォに解放されながら武器の展示室に入った。そこで、陳列してある拳銃に実弾を込めて自分の口に拳銃を押し込んで引き金を引き自殺した。