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すでに見てきたようなしだいで、ウツェーダ公爵家門の内部には、利害対立や憎悪、反感が渦巻いている。それらは普段、有力貴族としての体面やジャコモの家父長権力によって抑え込まれている。だが、反感や利害対立は、ささいな機会を狙って噴き出し、親族内の葛藤を表立たせる。
ある日、コンサールヴォの祖母、ウツェーダ公爵夫人、テレーザが死去した。彼女の所有名義になっていた公爵家の所領や資産が、テレーザの遺言によって家門の誰彼に相続され分配されることになる。老母に代わって一族の財産を支配してきたジャコモは気が気ではなかった。弟のライモンド伯爵も帰郷してきた。
葬儀が終わり、いよいよ一族立会いのもと、公証人の手によってテレーザの遺言状が公開され、財産分与・相続の手続きが開始されることになった。
テレーザは最後まで嫡男ジャコモには手厳しかった。
家門の所領のなかで最も豊穣だと評価されている農園は、ライモンドに贈与されることになった。ジャコモとしてはまさに「煮え湯を飲まされる」というような結果だった。
一族の人びとは、「ジャコモはメンツをつぶされた」と噂し合っていた。それを聞きつけたコンサールヴォは、あろうことか、ジャコモに直接「メンツをつぶされるとはどういうことか」と質問してしまった。母親の遺言に頭にきているジャコモの怒りの炎に油を注ぐことになった。
コンサールヴォは、手ひどく叱咤され、あとで罰を課されることになった。
ところが、ジャコモにとっては、コンサールヴォの「余計な一言」のおかげで救われることにもなった。
ライモンドは、帰郷のたびにフェルサ伯爵夫人のイサベラと浮気していた。その秘密の逢瀬のできごとを、意味も知らずに2人の出会いを見ていたコンサールヴォの一言「イサベラがハンカチーフ小川に落としたよ」で、ジャコモが嗅ぎつけてしまったのだ。
2人の関係を調べ上げたジャコモは、数日後、ライモンドを呼びつけて脅迫した。
「浮気の事実を公表されたくなかったら、ただちにフィレンツェに帰り、戻ってくるな。そして、相続した所領=農園の経営管理権をよこせ」と迫った。
つまり、法的な名義はライモンドの手に残すが、農園のいっさいの経営管理と収益の処分権はジャコモが握り続けるというわけだ。
「お前の生活に必要な経費分は送ってやる」と恩着せがましく言われて。
コンサールヴォの余計な好奇心とおしゃべりは、どうも身内に災厄をもたらすようだと確信したジャコモは、罰としてコンサールヴォを修道院(付属の寄宿学校)での修行に送り出すことにした。その修道院には、息子のいとこで2つ年下のジョヴァンニーノが送り込まれていた。見習いや下っ端にとっては戒律が厳しい修道院は、子どもの躾けと教育に恰好の場を提供していた。しかも、一族にとって目障りだったり、厄介だったりする子どもを押し込むには最適の場所だった。
同じ修道院の寄宿学校でも、貴族の家門の少女たちが学ぶ学校は、いわば彼女らの経歴に箔をつける教育装置だったのに比べると、少年たちが学ぶ学校は一段と格落ちしていた。