第1章 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現
この章の目次
中世後期からヨーロッパの有力諸都市は世界市場で運動する商業資本の権力の砦、権力基盤として成長してきた。では、世界経済と諸国家体系のなかで都市はどのような意味をもってきたのか、どのような役割を演じてきたのか――とくに世界経済の権力構造の形成において――を考えてみよう。
中世晩期には、農業やマニュファクチャーでの変化、世界市場にまでいたる遠距離商業の発達にともなって、支配秩序の再編成が進んだ。この組み換えは、支配圏域の拡大をめざす君侯・領主のあいだの紛争という形で展開し、最終的に絶対王政を主要な形態とする国家(国民国家)を生み出した。
商業資本は、この紛争への直接の参加者でもあった。遠距離貿易や広域的金融を担う上層商人たちは権力の砦として都市を造営し、その内部には同類を結集して寡頭制支配を敷き、君侯や領主と渡り合い、駆け引きを展開した。遠距離貿易のネットワークの核・結集点として成長してきた有力都市は、商業資本の流通・金融の管理センターとなった。
このような都市では、大規模な交易のために多様な商品のストックが集積され、運河・港湾・街道・宿泊施設などの交通インフラストラクチャーが造営整備され、物流経路は周囲の都市や農村に放射状に伸びていった。商品交換と決済のための通貨交換・為替制度や信用制度・貨幣の貸付制度も発達した。
こうして、その地の商人たちは、多様な地域への商品や貨幣の供給をめぐるオペレーションを管理するようになった。巨額の資金の移動を管理することによって、有力都市の経済活動は多様な地方の商品交換(価格変動)や決済のリズムとダイナミズムに強い影響力をおよぼすことになった。このような中心都市、つまり世界都市での貨幣の運動や価格変動のダイナミズムは、商品取引きの空間的・時間的動きに沿って周囲の諸都市に波及する。
それゆえ、ヴィルヘルム・アーベルが考察したように、すでに13~15世紀には、ヨーロッパ全域を巻き込んだ価格変動のメカニズムがはたらいていた〔cf. Abel〕。水面に広がる波のように、諸都市を結ぶ遠距離交易路に沿って価格変動――景気変動――の波がヨーロッパ中に伝播していったのだ。
さらに、世界都市は自己中心的な分業体系を形成して周囲の諸都市を支配し、従属的な役割を割り当てた。こうして、諸都市を結節点とする世界貿易のネットワークは支配=従属関係をともなう権力構造、ヒエラルヒーとして成立した。
ところで、交易・製造業・金融の結集点に位置する都市の商人たちは、集積した富と権力を活用して、競争での生き残りのために、君侯たちの国家形成に加担することもあれば、それを拒絶して都市の通商同盟を組織化しようとすることもあった。結果的には、商品や貨幣の国際的流通をコントロールする中心=有力都市と国家の中央政府との共謀関係をうまく組織しえたところが、世界市場競争の担い手として勝ち残った。
ヨーロッパ世界市場の形成にともなって、君主権と商業資本の上層とが結びつかざるをえないような環境がつくられたのだ。各地で領域国家、それもできるだけ領土の広い国家をつくろうとする衝動がはたらくようになった。
この動きは、やがて絶対王政を生み出し、あるいは独立闘争や市民革命につながり、各地で国民的規模での政治的・経済的凝集のフレイムワークが形成されていった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
序章
世界経済のなかの資本と国家という視点
第1章
ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第2章
商業資本=都市の成長と支配秩序
第1節
地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆
第2節
地中海世界貿易とイタリア都市国家群
第3節
西ヨーロッパの都市形成と領主制
第4節
バルト海貿易とハンザ都市同盟
第5節
商業経営の洗練と商人の都市支配
第6節
ドイツの政治的分裂と諸都市
第7節
世界貿易、世界都市と政治秩序の変動
補章-3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
補章-4
ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第1節
ブリュージュの勃興と戦乱
第2節
アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー
第4章
イベリアの諸王朝と国家形成の挫折
第5章
イングランド国民国家の形成
第6章
フランスの王権と国家形成
第7章
スウェーデンの奇妙な王権国家の形成
第8章
中間総括と展望