第1章 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現
この章の目次
こうして強固な財政的基盤をもつ、それゆえまた大商人・金融家から借金できるような信用を備えた君侯は、強力な軍隊を編成し、弱小な軍事力しかもたない君侯や領主を戦争に駆り立て、破滅に追い込んだ――つまり支配地の拡大。
弱小な領主層の多くは、おそらく破滅を避けるために、有力な君侯に服属して軍の指揮官か官吏として王権の権力機構の担い手になっていくという選択をした。既存の領主権は自立性やまとまりを失って、王権の地方的・下級権力として意味を変えて存続する――こうして領土は拡大していく。
王権の支配圏域は拡大していき、別の領土と衝突する。戦争や小競り合いが頻発する。均衡状態が訪れると、それは支配や権力の境界線として確定する。ここに「国境(国家の境界)」という、まったく新たなシステム――近代世界システムに固有の制度――が成立する。
ところで、国境の確定というものは、そのときどきの力関係に対応した過渡的・相対的なもので、戦争のたびに国境線は塗り変えられ、20世紀に入っても国境線の変更がくりかえされた。
山岳や海洋などの自然要害で隔てられておらず道路や河川が通っている国家の境界線上には、警備隊や要塞、検問施設、関門(税関)などが設置され、あるいは平原や森林で囲まれた境界の周囲には軍事的緩衝地帯が設けられ、こうして連続的な境界線=国境システムができあがる。
したがって、国境線によって仕切られた「国家の領土」という制度=観念もまた近代に特有のシステムだということになる。してみれば、国境や領土というものが国家に不可欠の要素だと見る立場からすれば、このような国家そのものが近代に固有の社会現象だということになる。
やがて国境によって仕切られた領域は、統合されたひとまとまりの領土となり、単一の国家主権が排他的におよぶ地理的空間として制度化されていくことになる。しかし、近代国家にとってはごく当たり前の、この状態が成立するためには、まだまだいくつもの仕組みが創出されなければならなかった。
ところで、国境の内部に組み入れられた諸地方の統合は、16世紀にはまだ始まったばかりで、ヨーロッパ大陸には内陸関税区域の分立が長く続いた。内陸の関税障壁とは、つまるところ、地方領主や自治都市の権力の王権に対する独立ないし対抗が持続したということだ。
フランスでも、こうした局地的分立が克服されるのはずっとあとで、18世紀末の市民革命後のことである。例外はイングランドで、すでに13世紀から内陸関税の廃止への動きが始まった。
言語的ないしは文化的統合の進展は、さらに長い期間を要したことは言うまでもない。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3節
西ヨーロッパの都市形成と領主制
第4節
バルト海貿易とハンザ都市同盟
第5節
商業経営の洗練と商人の都市支配
第6節
ドイツの政治的分裂と諸都市
第7節
世界貿易、世界都市と政治秩序の変動
補章-3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
補章-4
ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第1節
ブリュージュの勃興と戦乱
第2節
アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー
第4章
イベリアの諸王朝と国家形成の挫折
第5章
イングランド国民国家の形成
第6章
フランスの王権と国家形成
第7章
スウェーデンの奇妙な王権国家の形成
第8章
中間総括と展望