第6節 ドイツの政治的分裂と諸都市

この節の目次

ドイツの政治的分裂という事情

1 都市の統治装置の創出

ⅰ 参事会と参審人団

ⅱ 都市の財政構造

ⅲ 都市の財政と軍事力

2 都市の領域政策の展開と領主権力

ⅰ 都市の領域政策と領邦諸侯

ⅱ 教会組織との関係

ⅲ 裁判権力と通貨権力

ⅳ 帝国レジームと都市

3 都市同盟と地域同盟の試み

ⅰ ライン都市同盟

ⅱ シュヴァーベン同盟

ⅲ スイスの誓約同盟

4 領邦君侯の統治装置

5 領邦君侯による国家形成

宗教改革と農民戦争

  遠距離貿易の成長とともに、都市は政治的・経済的権力を拡張していった。だが、他方で、有力領主による領域国家 Territorialsataaten の形成も進展していった。そこで、都市の権力と君侯の権力との関係が問題になった。とくに、ドイツでは多数の領邦国家 Landstaaten が分立したため、地域的次元では都市は独特の優位を得ることができた。だが同時に反面で、ヨーロッパ世界市場――ヨーロッパ諸国家体系――の次元における競争や権力闘争では、ドイツ諸都市はやがて独特の困難に遭遇することになった。
  強大な国家が出現しなかったことで自立性を保つことができたが、だがやがて世界市場競争では強大な国家の支援が不可欠の要素になったことで、後ろ盾のない諸都市は競争から落伍することになるのだ。

ドイツの政治的分裂という事情

  ここでは節の表題に「ドイツの政治的分裂」という状況認識を入れた。ここには、歴史の後知恵が入り込んでいる。19世紀半ばまで多数の領邦国家への分断状況が続いて、のちの国民国家につながるような王権国家ないし領域国家が形成されなかったというドイツの事情を知っている現代の私たちの知見が、13世紀から16世紀のゲルマニアについての状況評価に反映されているのだ。
  ところが、16世紀の半ば頃までのヨーロッパでは、ゲルマニアに限らずガリア(フランス)でさえ、領域国家の形成に突き進もうとする多数の君侯領主たちが分立割拠して対抗し合うという政治的=軍事的環境はごく当たり前だったのだ。ことさらゲルマニア=ドイツだけが悲惨な政治的分裂に直面していたわけではない。
  のちに私たちはフランス(西フランク)における王権国家の形成史、王権による集権化と絶対王政の成立の歴史を総括するが、16世紀まで、集権化を進めようとする王朝家門は、中途で次つぎに危機を迎えて崩壊ないしは断絶する。そして諸地方(君侯領主たち)や諸都市の多くは王権による統合や集権化に執拗に抵抗し続ける。
  というような文脈では、少なくとも17世紀――実際には19世紀半ば――まで、ヨーロッパはブリテンやフランス、プロイセン、オーストリアなどの有力諸王権を軸としながらも数百にもおよぶ多数の君侯領主国家や諸地方、諸都市が分立し相対抗し合うという政治的=軍事的編成形態、そのような形態で諸国家体系が編成されていたということになる。国民国家が成立していたのは、ブリテンとフランス、ネーデルラントだけだった。

  ところで、フランスでは17世紀にブルボン王権によってガリアの――今日のフランス共和国の領土に近い版図で――国民的=国家的な集権化と統合がなしとげられた。そして、とりわけ市民革命後の諸政権は、「フランス国民」なるものが形成されるのは「歴史的必然」であると見なし、あたかも過去の歴史が「近代フランス」の領土的枠内で展開してきたかのような歴史観=イデオロギーをつくり出し、それを教会組織や教育制度をつうじて住民たちの意識のなかに注入してきた。
  つまり「一国史観 Nationalgeschichtsanschaung 」だ。
  17世紀後半には、イングランドで相次ぐ市民革命とその後の行財政改革をつうじて世界史上はじめてのブルジョワ国民国家――土地貴族が最有力の階級として支配する政治的レジーム――が形成された。この国家は、やがて世界市場での最優位ないし覇権を獲得する。ブリテン王国は、近代的学術を育て上げて自らをヨーロッパ近代国家――列強国家――の模範とする思想を世界に広げ、またその成功を模倣しようとする諸地域・諸民族はブリテンを近代国家形成のモデルと見なし、公教育制度をつうじて住民集団に「富国強兵」思想として普及させていくことになった。
  フランスもまたブリテンとの対抗のなかで、国家的統合のために「国民意識」ないし「国民イデオロギー」を扶植醸成していく。この2大強国のライヴァリティは、19世紀以降に国民的統合や国家形成をめざす諸地域や諸民族の指導者たちにブリテンとフランスを何ほどかの程度において「理想的モデル」と思わしめることになった。つまり、ブリテンとフランスをモデルとする一国史観という特異なイデオロギー=歴史観が、いわば世界的規模で波及することになった。
  日本のアカデミズムも、このような歴史観=価値観によって長いあいだ呪縛されてきた。近代ブルジョワ国家を批判する立場にあるはずのマルクシズムも、ブリテン=モデル思想に呪縛されてきた。私たちは、このような歴史観=イデオロギーからできる限り距離を置いて歴史過程を眺めなければならないだろう。

  そのうえで、ではドイツに特有の「政治的分裂」とはどのようなものとして捉えるべきか。すなわち「神聖ローマ帝国=ドイツ王国」――というヨーロッパ諸国家体系のゲルマニア規模での地域的編成――をどのように把握すべきか。これはじつに重い難問だ。
  私には、今ここでこの問題に対する答えは用意できそうもない。むしろ、この問題を解くため模索として、1つの方法の提示の試みとして、この一連の研究を進めているというべきだろう。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望