第6章 フランスの王権と国家形成
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これまでに述べてきたように、「フランス」という地理的範囲で中世の政治状態を語ることには、大きな疑問がある。私たちは、のちにフランス共和国として政治的にまとめあげられる地理的範囲において歴史を跡追いするにすぎない。「フランク王国」あるいは「西フランク王国」という封建法観念上のまとまりがあったにしても、それは国家でも政治体でもなかった。それは、長らく弱体な王権の周囲に並立する多数の諸地方――伯領や公領、都市など――の寄せ集まりにすぎなかった。
ブリテン島のように海洋という自然要害がないヨーロッパ平原では、地続きで多数の政治体が相互に絡み合いすくみ合っていて、特定の地域がほかから切り離された状態で政治的ないし軍事的まとまりをつくりあげることはできなかった。政治体のあいだの力関係しだいで、目まぐるしく吸収や併呑、分裂や勢力範囲の変化が起きた。フランス平原では、いくつもの君侯や王権が国家形成を企てては挫折し、没落していった。
中世の前期(5―6世紀)に、ゲルマンの騎士たちを率いた部族長がフランス平原を遠征して回ってフランク諸族の王(メローヴィング王朝)を宣言し、その後(8世紀)、シャルルマーニュとその家臣団がピレネー山脈からエルベ河・オーデル河におよぶ地域を巡行・遠征して、王国(カローリング王朝)の名目上の版図を拡大した。だが、それはこの地域の政治的・国家的統合を少しも意味しなかった。
フランク王直属の騎士団の戦力、すなわち全身に甲冑をまとった騎士の集団が戟を抱えて突進する戦法は、多くの場合に相手を威圧して臣従誓約を結ばせ、またあるいは局地的戦闘で勝利を収め、相手を屈服(臣従や服属の誓約)させることはできたが、遠征した地域をその後も総体として継続的に統治する支配装置をつくりあげることはなかった。ゆえに、遠征事業や戦乱がおさまって各地方で開拓が進み、農業が発展し村落や都市が成長し始めると、有力諸侯や領主たちが所領から経済的剰余を吸い上げて武力を蓄え、ローカルスケールで実効的・日常的な支配関係あるいは統治秩序をつくりあげていくことになった。それにしたがって、王国や帝国の観念は衰弱し、解体していった。
ローマ帝国時代から13ないし14世紀までヨーロッパは全体として深い自然林――ごく部分的には草原や荒蕪地――に覆われていて、人間が集住する社会(都市または農村集落)は森林の大海原のなかに散在・点在する島嶼のようなものだった。当時のコミュニケイション・交通技術を考え合わせれば、遠隔地のあいだの日常的な連絡や権威の持続的な伝達は成立しようがなかった。したがって、たまさか遠征やら部族集会などによって結ばれた帝国や王国などへの属人的な帰属関係が数世代のうちに解消していくのはむしろ不可避だった。⇒参考注釈
法観念においては、広大なフランク王国はおよそ300くらいの統治単位=伯領に区分され、名目上は王の代理人である伯=有力諸侯が統治を行なうものとされた。有力諸侯の力関係や伯領内部の状況によっては、伯領が単独で、あるいはいくつかの小さな伯領が集合して王国や侯国を形成することもあれば、伯領がいくつかの小さな領主支配圏に分解することもあった。他方で、地方の有力な部族長の権力が大きくて――あるいは遠隔地であるため――王が統制できない場合には、彼らを公に叙爵して名目上の封主=臣従関係を取り繕うことになった。そういう公領は事実上、王権から独立した公国をなし、周囲の領主たちを束ねていた――たとえばノルマンディーやギュイエンヌ。
ガリアがほぼひとつの王国にまとめ上げられるのは、17世紀にブルボン王朝による統合がかなり進んでからのことだった。それまでフランスは、パリの王権が優越する王国とそのほかのいくつもの王国や公国、侯国や諸都市、すなわちパリの王権から独立した有力君侯領主の支配圏に分割されていたのだ。
さて、9世紀中葉にはフランク王国は3つないし4つに分割され、ガリア地域に事実上は単なる観念、単なる称号にすぎないものとしての西フランク王国、フランス王位なるものができあがった。残りは名目上、東フランク王国、ブルグンド王国、イタリア王国となった。しかし、間を置かずにこれらの王国もまた、より小さな政治体に分離分解していった。その後、これらの王国はさらに多数の封建諸侯・領主の支配圏域に分割されていった。
やがて北イタリアと中部ヨーロッパは、「ローマ帝国(のちに神聖ローマ帝国)」という法観念のもとに、多数の微小な君侯や領主からなる不安定な寄り合い所帯をつくりあげていく。西フランクはいくらかましな状況だった。こうして、フランス平原、ドイツ平原には多数の君侯・領主が分立割拠する状態になった。ほとんど名目だけの王国や帝国の「外縁=辺境」は、君侯・領主たちによる領地の相続や戦争の結果、しょっちゅう変わった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成