第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第3節 ヨーロッパの都市形成と領主制
この節の目次
中世晩期のヨーロッパの貿易網には、いくつかの幹線経路が見られる。
北イタリアからアルプスの山岳を回り込みライン河に沿ってフランデルンまでいたる流れとバルト海からイングランド、フランデルンにいたる流れである。そして一時的にシャンパーニュ地方の諸都市が繁栄した。これらの交易網拠点となった諸都市の構造と商業資本の権力はどのようなものだったのだろう。
ところで、これらの都市は、多数の領主制支配圏域の分立という軍事的・政治的環境に取り巻かれ、それらを横断・縦断して交易路を築き上げていた。都市および商業資本は、王権ないし君侯(有力上級領主層)の権力や地方領主の権力装置とかかわらざるをえなかった。この関係のあり方は、地域によって、また状況によってさまざまだった。
強引に一般化していえば、有力な王権の権力がおよばず地方の個別領主権力の規模が比較的小さくて分立性が強い場合――ラインラントからネーデルラント北部にいたる一帯――には、都市は政治的自立を獲得しやすかった。これに対して、有力君侯による権力集中・統合がある程度達成された状況――カスティーリャ、イングランド、イール・ドゥ・フランスを含む北フランス――では、都市は独自の行政権を許容されながらも、従属的装置として君侯権力に組み込まれていった。
ところが、内陸中央ヨーロッパのように地方領主が比較的強くて分立性が大きい場合には、極端な2つの傾向がみられる――すなわち一方では、君侯領主をはるかに凌ぐほどに有力な少数の諸都市はそれぞれ領域的権力として振る舞いながら、同盟を形成して政治的自立化をめざした。ところが他方では、多くの中小都市は自己統治の権限をかなり抑制されながら、近隣領主たちの支配を受けることになった。
2番目の場合には、都市は王権国家の形成と深いかかわりをもっていく。こちらのケースは、別の章で各地での王権の成長や国家形成とかかわらせて都市と商業資本の権力を考察することになる。
ここでは、政治的分裂状況が続いたドイツ地方――ブルグントを含むゲルマニア――の諸都市を主な素材として叙述する。都市を強く掣肘する政治的・軍事的環境が形成されなかった地域において、商業資本の権力の砦としての都市の成長や自立化をめざす運動(闘争)を1つの傾向として描き出そうと思う。なお、比較検討するために、補助的な材料としてドイツ以外の諸都市も扱うことにする。
ところでドイツ地方でも、13〜14世紀には有力領主たちによる領域的支配圏の形成が始まったが、それは途中で足踏みをして、奇妙な帝国=王国レジームを形成しながら多数の中小規模の領邦君侯ないし領邦国家 Landfürsten / Landstaaten が並立する状況のまま長らく停滞してしまった。飛び抜けて大きな政治的・軍事的権力を備えた君侯が出現しなかったことの結果というほかない。
ヨーロッパでは、むしろこのような場合の方がずっと多い。そして、イングランドや北フランスの状況の方が例外的で特異な場合というべきなのだろう。イングランドの王権は北フランスに由来するものだから、極論すれば、要するに北フランスの君侯権力の特異性、とりわけその特殊な軍政が集権的な王権国家の成立をもたらしたということになる。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章−1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章−2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成