第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第5節 商業経営の洗練と商人の都市支配
この節の目次
都市が農村や領主権力よりも上に頭を持ち上げて社会的再生産を支配するようになるということは、農村や領主よりも経済活動の姿や動きについて都市がよく知っていて、経済的資源の動かし方をわきまえているということを意味する。もちろんそれは、都市に住む商人たちが自分の商売=経営が関与する限りでの経済の姿や動きを知り、自分の商売にかかわる資産を動かすことができるというにすぎないのだが。
そのことは、都市=商人団体がヨーロッパ社会総体に対して知的・文化的指導性を握っていたということでもある。その知性や文化は、遠距離商業そのものの性質が要求する技能だった。遠距離にわたって――当時の経済環境や政治的=軍事的環境のもとで――商品流通を組織するということは、そういうことなのだ。
遠隔地間の中継貿易は独特の経営方式を要求する。そのリスクとコストを管理する手法や組織を築き上げれば、商人には巨利が保証された。リスクとコストの管理手法と貿易の組織化とは、単なる商業活動にとどまらず、資産の効率的な運用、商業活動をめぐる独占的特権を各地の権力者に認めさせる政治活動、さらには傭兵や艦隊を運営管理する諸制度までを含むものであった。
では、このような仲介商業を営む商人企業の経営組織や運営手法はどういうものだったのだろうか。また、それは、商人階級の内部の力関係や都市統治のシステムとどのような関係をもっていたのか。
まず、商人の経営組織の変化を見てみよう。
仲介商業とは、「商品をその原産地で購入して、需要が最も多いところまで運び売りさばくこと」である。その経営スタイルはどのように発達していったのだろうか。
その発展を図式化すれば、各地の市を巡回する遍歴商人の小規模な取引きから、14世紀にはより高度な、多かれ少なかれ固定した本部をもつ恒常的な経営組織を備えた形態に発展した、ということになろうか。つまり、商人が商品とともに遠距離を旅行することで商品流通を導き、交易経路を開拓する方法から脱却して、遠く離れた経営の中心から自分たちが扱う商品・貨幣の動き、取引きにともなう資産状態の変化を把握し、管理する手法と組織が形成されたのだ。
その手法とは商業会計であって、取引きにともなう資産状態の変化を数理的に把握し、記録する技法と知識ということになる。この経営管理のための会計手法は、まもなく都市統治にも適用され、君侯領主に対する都市の優位を基礎づけていた。
フリッツ・レーリッヒによれば、14世紀初頭までに、北ドイツの商人たちはその商業経営拠点の所在地に定住するようになったという。それとともに、その業務の運営はまったく異なったものになった。商人が現物と一緒に歩き回るのではなく、業務経営が一つの固定した所在地に置かれ、取引きをめぐる会計書類を管理する「帳場
schribe camere 」――記録・記帳する場所――となった〔cf. Rörig〕。
そこには社会的分業、すなわち計画し、記録し、把握し、管理する業務(その担当者)と実際の買い付けや旅行、販売する業務(担当者)との人格的・空間的な分離が含まれている。商品や資産の動きの掌握・統制は、それにかかわる人びとに対する指示や管理をめぐる意思や情報をやり取りする仕組みに依存することになる。
さらに商取引きや経営の文書化とともに、海運などの輸送業を専門に営む者たちが、会社組織を形成して商業の1部門として独立し、あれこれの商人から商品の輸送を受託するようになった。イタリアのように資本蓄積の速度が大きいところでは、巨大な商事会社が会社組織の1部門として海運業を保有している場合も目立っていた。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成