第3章 都市と国家のはざまで
――ネーデルラントの都市と国家形成――
第3節 ネーデルラントの商業資本と国家
この節の目次
アムステルダムの隆盛は、ヨーロッパ世界経済におけるネーデルラント北部諸州の最優位の獲得を意味した。ヨーロッパ世界経済におけるユトレヒト同盟(ネーデルラント連邦共和国)のヘゲモニーの確立過程を叙述するとすれば、その「強さ」がどんな要因によって裏打ちされていたかを考察することになる。つまりネーデルラントの優越の諸位相を描き出さなければなるまい。
はじめに結論を言っておけば、ヨーロッパ世界貿易での組織化能力の高さがネーデルラントの最優位を基礎づけていた。その最優位は、産業諸部面での生産性と技術の高さ、経営形態の先進性、それらの結果としての利潤率の高さなどによって支えられていた。そして、ネーデルラント商業資本の経済的・政治的結集力が、当時としては、どの地域の勢力の結集力よりも大きかったことが、その経済的優越を支え、再生産していたのだ。
だが、ヨーロッパ諸国家体系のなかで、独特の商業資本ブロックとしての権力をいかんなく揮うためには、ネーデルラントは軍事的・政治的単位として独立しなければならなかった。そこで、私たちはその経済的優越を見たあとで、エスパーニャ(ハプスブルク王朝)からの独立闘争と国家形成を考察しなければなるまい。
この問題をめぐってはいくつもの論争がある。論点を強引にまとめれば、ユトレヒト同盟は《国家》を形成したのかどうかという問題と、独立闘争は《市民革命 bourgeois
revolution 》だったのかどうかという問題との2つに焦点が絞れるだろう。前の方の問題は、独立闘争がどのような政治体、統治体制を形成したのかということだから、それを吟味すれば後の方の問題への答えが出てくるはずだ。
ユトレヒト同盟諸州が《国家》というべき制度的実体を備えていたかどうかについては、これまでいくつも疑問が出されてきた。というのも、北部諸州の在地支配層はハプスブルク家の統治に対して伝統的な特権を守るために、つまり地方的分立性(分権性)を維持するために分離独立の闘争を始めたからだ。
だが、この闘争は、ホラント州の世界都市アムステルダムの利害によって統制された北部諸州の独特の経済的・政治的凝集をつくりだし、諸州間の調整と統合のメカニズムを自然発生的に生み出した。その独自の商業資本ブロックとしての政治的結集度は、当時のイングランドやフランスよりも高かったようだ。政治体としての凝集性や強さというのは、つねに相対的に、そして結果論的に測られるもので、競争・対抗し合うほかの政治体よりもわずかに上なら優位を手に入れることができるのだ。
このようなごく大まかな見通しを示しておいて、考察を始めよう。
考察の手順としては、まずはじめに15世紀から17世紀にかけてネーデルラント北部諸州が獲得した経済的力量、経済的権力を分析し、次に北部諸州のハプスブルク王権からの分離独立闘争の経過を描き出し、さらにこの闘争をつうじて形成された北部諸州同盟の政治的構造を検討する。最後にこの節の考察を総括して、ネーデルラント北部諸州同盟がヨーロッパ世界経済と諸国家体系のなかで占めた地位と権力について省察する。
ヨーロッパ世界貿易を最も有利な立場で取り仕切るためには、有力産業の原材料・生産財または大衆消費財を大量かつ安価に調達・供給する能力が求められる。この能力は、ヨーロッパ的規模で有力な生産諸部門を支配する商業資本の権力に裏打ちされるものである。
ネーデルラント商業資本は、生産性の高い生産諸部門を掌握した――しかも、それらの生産諸部門の中核的部分は「国内」、すなわち商業資本が支配する政治体の内部にあったのだ。この〈生産諸部門の掌握〉は、ハンザのように政治的統合をともなわない単なる商業的支配ではなく、一定の地域内で諸産業をより強固に連結し、どれほど統合がゆるやかであれ「単一の領域国家」としての政治的・経済的凝集=まとまりをつくりあげるような環境の創出をともなっていた。
まずはじめに、生産諸部門の生産性の高さがどのようなものであり、また商業資本の権力とどのように結びついていたかを考察しよう。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成