半世紀近く前、これ見よがしに指にダイアの指輪をした富裕階級の――暇を持て余していた――女性たちの姿は、現代のロンドンのビズネス街や繁華街を忙しげに闊歩するキャリアウィミンの姿に変わる。
女性の自己主張の主流モードはこの半世紀の間に、着飾ったり宝石で飾り立てて、自分がどの富裕家門の妻や娘なのかを誇示するというスタイルから、自分がビズネス世界でどれだけ活躍しているか、組織のなかでどれほどの決定権限・責任範囲を持っているかを誇示することに変わったようだ。
なるほど、男性や家門の「付属品」としての地位から、自立した人間としての社会的地位を誇示する立場になったのだから、それは女性にとっては大きな進歩であり、存在感の向上を意味する。
そんな風に自らのビズネス能力と権限――セレブリティぶり――をさりげなく見せつける女性たちが闊歩するロンドン繁華街。今しも、カフェに若い女性エディター(有名な女性雑誌の編集長)が訪れた。店のなかには、アポイントメントの相手が待っていた。
だが、若い女性編集記者は、ゲストを待たせたことに気がねすることもなく、成功者としての自分は周囲の羨望や尊敬を集めて当然だと言わんばかりの風情で、つまりヤングイグゼキュティヴ気取りで近いづいてきた。そして、ゲストにまともに挨拶することもなく、かかってきた携帯電話に押しつけがましく横柄な声で返答している。そういう傲岸で失礼な態度をインタヴュウの相手に対して示すことが、すなわち自分の権威を誇示し、相手に対する優位を確保する方法なのだとでも言いたげに。
そして、次から次へと仕事に追われ、ひっきりなしにモバイル電話で相手に指示命令を与えるやり手編集長で、大きな権限と責任ををもっていることを誇示するかのように。
彼女を待っていたのは、80歳近い女性だった。自己抑制に富む雰囲気の、知的で整った顔立ちの女性だった。
それがローラ・クィンだった。彼女は、カフェにやってきた、この手の底の浅い――つまりは若いがゆえに経験不足のくせに、それを傲慢な態度で覆い隠そうとしたがる――自意識過剰な見栄っ張りの編集記者を、敢えて選んでインタヴュウに応じたのかもしれない。手玉に取るのは容易だと踏んで。
そして、今から数十年も前、世界都市ロンドンでキャリアガールの先駆として味わった苦い経験とその後の教訓を若い世代に伝授するために、この雑誌の取材に応じたのだ。職業的に成功したセレブとなった女性たちを特集記事に取り上げ、成功を夢見る英語圏の若い女性読者層に情報(「成功の秘訣」)を切り売りして人気を博しているこの――底の浅い――雑誌を利用しようとしていたのだ。
さて、若い女性編集記者は、オープンカフェでローラの前に傲慢な態度で座ると、インタヴュウの趣旨――特集の企画趣旨――を説明した。
「この特集は、《最初の女性》を取り上げるシリーズです。女性の仕事分野として最初に顕著で指導的なポストに就いて道を切り拓いた人たちの物語を。
……ところで、あなたはダイアモンド業界という男性ばかりの仕事の世界ではじめてマニジャーになったのですね」
と言って、録音することについて説明し了解を取ることもなく、いきなり小型レコーダーをテイブルに置いてスウィッチ・オンにした。
ローラはじつは今、難病研究や難民救済、貧困問題解決などの philanthropy 分野で国際的に大規模な投資や財政援助、寄付をおこなう財団のトップだった。自分の裁量や意思決定で、一件について数百万ドルにもおよぶ巨額の資金を動かせる権限の持ち主だ。だが、その実像を知る人はほとんどいない。
そういうわけで、ローラはてっきり国際財団のトップの地位にある今の自分についてのインタヴュウかと思っていたのかもしれない。それが、この女性エディターは、今から40年に以上も前のロンドン・ダイアモンド商会に勤務していた頃の話を聞きたいというのだ。軽い驚き。
だが、さもありなん、とも思った。そして、この場では事実をありのままに語ろうと考えた。そこで、策を弄した。
ローラは膝に置いたバッグなかから無造作に目を見張るほど大きなダイアモンド――180カラットで価値は安く見積もっても時価数十億円か――を取り出して、テイブルに置いた。こんな大粒のダイアを目前にする機会がある人はまずいない。
女性編集者は驚いてダイアモンドに見とれた。そして、「いいですか」と了解をもらって、おもむろにダイアモンドを手にした。
若い女性がダイアモンドに気を取られている隙に、こっそりローラは小型レコーダーのスウィッチを切ってしまった。
過去に艱難辛苦を乗り越えてきたローラからすれば、「今どきのキャリアガール」気取りの若い娘を手玉に取るのは、たやすいことだ。こうして、録音=記録に残る心配を排除したローラは、40年以上前の数奇な事件を語り始めた。
philanthropy (philanthropie) フィラントゥロピーについて説明しておこう。これはもともとギリシア語の合成語で、それをラテン語化⇒英語化した用語だ。「フィラ」は「フィロス」つまり深い愛を意味し、「アントゥロピー」は人類や人間を意味する「アントゥロプス」から来た語だ。
したがって、本来は「人類愛」「人間愛」とかそれにもとづく行為や傾向を意味している。個人や団体が身体的ないし社会的弱者の支援や救済をめざす慈善活動ということにもなる。