ロイズ保険協会( Lloyd's / Lloyd's Society )は、名称から想像できるような法人組織や組合組織あるいは団体ではない。世界市場を支配する「金融資本の妖怪」というべきだろう。
むしろ、ブリテンをはじめとして世界のあらゆる経済資産や事業について――場合によっては身体生命や健康についても――の損害補償を引き受ける個人の保険業者の集合であって、言ってみれば、シティー・オヴ・ロンドンを中心に組織化された特殊な保険金融市場、あるいは特権的な金融資産家たちが組織する保険制度全般を意味する。
この特権サークルに加盟する個人の保険業者は、個別の約款=契約で定めた損害補償の保険および再保険( assurance & reassurance )について無限責任を負う。再保険とは、第1次保険ではリスクのすべてがまかなえない危険に備えて、通常は複数のアンダーライターが補償額を分担して保険引き受けする制度である。個人資産すべてを賭ける場合もある。
ロイズに登録された会員保険業者が損害補償の連鎖関係をつくって相互にリスクをカヴァーし合うシステムである。
いずれにせよ、保険業者は個人=単独の保険引受人の資格で、アンダーライトした金額について損害補償を請け合うのである。
それにしても、いざとなれば発生損害の補償について無限責任を負うわけだから、並みの大富豪にできる業ではない。
このシステムは、18世紀以降、ブリテンが世界貿易・世界金融でのヘゲモニーを確立し、その最優位を貿易・投資リスクを金融的側面からカヴァーする仕組みをつうじて世界市場ヘゲモニーをより強固に組織化するために生まれた。つまり、植民地を支配し、資源を収奪してブリテンの貿易業者や船舶・海運によって排他的に独占する機構を維持するための装置であった。
やがて19世紀半ば以降には、鉄道や金輪の建設、工場プラントの輸出を誘導する世界市場での金融投資のリスクをカヴァーする仕組みも追加複合されていった。
世界市場全般にわたって発生が見込まれるリスクをロイズ保険協会に参加する大金持ちたちの金融投機事業によってカヴァーし、リスクを分散させる仕組みである。
18世紀初頭から19世紀前半まで、なかでも長らくその最も主要なカヴァー対象は、アフリカ大陸と南北アメリカ大陸とを結ぶ奴隷貿易であった。
奴隷貿易や独占事業がもたらす超過利潤の再分配が、ロイズを培養し促成栽培したのだ。つまり幼児期には、他者の血を吸いながら汚物にまみれて育っていったのだ。
要するに、ロイズ保険市場組織は、ヨーロッパによって征服され支配・収奪された諸地域の塗炭の苦しみを養分として、その民衆の血や生命を絞り取りながら、肥え太ってきたのである。
アジア、アフリカ、ラテンアメリカ(の大地と民衆)に対する支配・抑圧・収奪を土台にして事業を拡大し、その世界的独占体制を構築してきたという点では、ダイアモンド生産=販売ビズネスとロイズ保険市場とは共通の母体から生長してきた、いわば双生児のモンスターである。
そして、ロンドンダイアモンド・コンツェルンをロイズのシンクレアが損害補償担保するというこの関係は、おぞましい怪物どうしの相互依存を象徴するかのようだ。だが、互いに権力を分有し補完し合う関係ではあるが、場合によっては利潤の分配や再分配をめぐって互いに相手に食らいつき、その内臓を食い合い、血液をすすり取ろうとし合うアンビヴァレントな関係に立つ。
つまり、修羅場でのリスクやコストの押しつけ合いだ。
今回は、やり手の――貪欲でリスクとコストは相手にとことん押しつけたがる――シンクレアがロンディの損害補償のアンダーライターだったから、両者の交渉では最初から険悪な雰囲気が漂うことになった。
一般に「金持ち喧嘩せず」――特権者たちは結託したがる――というが、いざ喧嘩が始まると醜悪で酸鼻な泥仕合になるようだ。