ところが、翌日、ローラが会社のオフィスに戻ってみると、セキュリティ設備会社の専門家たちがやって来て、ロビーや金庫室前の廊下などに監視カメラを設置していた。
監視カメラの画像は、警備室に送られて有線テレヴィの5つモニターに順番に映し出されていく手順だった。ただし、モニターで監視する警備員は1人だけのようだ。
導入される開始警戒システムでは、金庫室のある地下階には合計8台の監視カメラが設置されていた。
警備態勢の強化を知ったローラは愕然とした。金庫室に忍び込む者を監視カメラがとらえる仕組みになったのだ。
そこで、その日のうちにローラは、ホッブズ氏の行きつけのカフェに寄って、監視カメラの導入によって警備が格段に強化されたことを伝えた。
「というわけで、金庫室からの盗み出しはできなくなったわね」と。
だが、ローラと同じくらい鋭く知恵が回るホッブズ氏は、わざわざローラがここに警告を伝えに来た含意を読んだ。
「でも、私に伝えるのはそれだけなのですか。私よりもあなたの方がずっとカネが必要なはずだ。ここに来たからには、何か対策を考えたからでしょう。さあ、強情を張らないで教えてください」と迫った。
ホッブズ氏は、ローラの心理の動きや鋭い知性の動きをお見通しのようだ。仕方なく、ローラは昼間観察してきた監視カメラの作動の仕組みと盲点(
a blind side )を打ち明けた。
「地下の8台のカメラは、いつも全部が作動しているわけではないのよ。4台が1組になって、15秒ずつの間隔で画像を警備室のモニターに送るようになっています。すると、金庫室前の廊下のカメラが次の画像を送るまでに1分の間隔があるわけよ。
――実際にはカメラの作動ロウテイションの時間差を単純計算すると45秒のタイムラグになる。これに4台セットの切り替えに15秒かかるのかもしれない――
でも、右足が悪いあなたにとっては、1分で金庫室前の廊下を走って錠ダイアルまで行って、開錠してなかに入り込むのは無理だわ」
「でも、あなたのことだ、何か手を考えましたね。そうでしょう」
ホッブズ氏の頭の良さに感嘆したローラ。解決法を提案してみた。
「ふう…。
あなたと私の時計をぴったり合わせるの。そうして、金庫室前のカメラの画像が始まるタイミングで私が外から警備室に電話をかけます。警備員がその電話に気を取られるとすれば、もう1分時間を稼げるわ」
「なるほど、それでいきましょう」
「けれど、気づかれないほどの量を盗むのよ。いいわね!」
■その夜の決行■
こうして、その夜、ホッブズ氏はローラの援護を受けながら、ダイア原石の盗み出しを決行することになった。
ローラが街中から警備室に電話するために入った公衆電話ボックスの電話機は壊れていた。次のブロックのボックスに行くまでに時間がかかった。ローラの計画は実行できなかった。
ところが、担当の警備員は、のんびり夜食をとっていたために、ホッブズの金庫室侵入の映像を見逃してしまった。都合のよい状況設定だと言えばそれまでだが、この物語のプロットの巧みさは、そんなことで貶価しないほどすばらしいのだ。
それにしても、その夜、警備員は監視モニター画面で、モニター画面で地下の廊下を清掃用具を押しながら何度も行き来するホッブズ氏の姿を見ることになった。