ドルクの艦隊が撒き散らした粘菌は、急速に増殖・膨張し、広大な平野と都市、農村、田園を飲み込み、強力な瘴気を吐き出していきます。
この危機を早くから察知したオームなどの蟲たちの無数の群れは、故郷の腐海を出て南(ドルクの方角)をめざしていました。
ドルクへと続く大地にはオームの大群の列。上空には翅をもつ無数の蟲の群れが飛翔しています。
新種の粘菌が出す瘴気は、蟲たちを狂わせ死滅させていました。腐海の蟲たちが守り続けた生態系は、ドルク皇帝の陰謀によって崩壊してしまうのでしょうか。
ナウシカはオームの群れの動きを止め、救おうとしたのですが、蟲たちは自分たちの使命を果たすかのごとく突進を続けるのをやめません。
けれども、ナウシカがオームの体に降り積もった胞子や塵を取り除いてみると、その眼の色は、どれも攻撃色の赤ではなく、平和と友好、平穏に対する反応の色、深い青でした。それも、それまで見たことがないほど、美しく澄んだ青でした。
ところで、この粘菌は「自然史的な」進化ではなく、人類の手によって人工的に突然変異を強制されて生み出されたものです。いくつもの進化段階や何百世代にもわたる適応化の過程を一気に飛び越えて、無理やり進化と変異を引き起こされた生物です。
ゆえに、生物としての安定性がなく、ただひたすら外界へ膨張するのですが、死滅しやすい、もろい生き物です。
そもそも、ドルクの僧会は、兵器として使うために1世代で滅びるような突然変異種をつくり出したつもりでした。
生き物としては、残酷な運命を課された種が生み出されたのです。ですが、生物の本能としては、それでも生き残るためにもがくことを強いているのです。
ナウシカは、「粘菌は恐怖におびえ、やたら攻撃的になっている」と感じます。
そして、蟲たちが運んできた腐海の植物が発芽し、成長し、粘菌を取り巻くようになると、粘菌は腐海の菌類植物に敵対するように攻撃し、食い滅ぼそうとします。しかし、しばらくすると、腐海の菌類と棲み分け共生するようになりました。
粘菌は、腐海の蟲や植物たちと遭遇し、相互作用(食ったり食われたり)しているうちに、自分の居場所を見つけ、安定した性質を獲得したようです。
ドルクの僧会が想定しなかった事態です。
どれほど人間側が知見の範囲内で遺伝子プログラムをいじくりまわそうと、生命は複雑で、人間の想定をはるかに飛び越えていきます。生き物として、人類の思い込みやもくろみを超える独自のメカニズムを起動させるのではないでしょうか。
粘菌は蟲やほかの菌類植物と出会うことで、生き続ける条件を自ら獲得したようです。
してみれば、蟲たちは、粘菌に腐海の菌類植物を出会わせて、その孤独と不当に生み出されたことに対する怒りを静め、救済するために大移動をしたのです。