シュワの墓所は、巨大な装置でありながら、旧人類の知的・文化的遺産を守り、ドルクの僧侶を操って、高度工業文明を復活させようとする人工知能=人工生命の集合物です。
いわばスーパーコンピュータと巨神兵の身体をつくる細胞、器官の集合体からなる「生きる要塞頭脳」のようなものです。
ドルクの僧会は旧人類の科学知識を解読・解明するという使命を果たすつもりのようですが、じつは旧文明の復活のために操られ奉仕させられているともいえます。
この人工知能は、放射能症に苦しむナウシカを説得しようとします。彼女を清浄の地にいざない治療を施すのと引き換えに、墓所の遺産を守り、地球の生態系とあらゆる生物の遺伝形質の組み換えるために活用するよう説得します。
この対話のなかで、
現在のすべての生物が、旧人類文明の崩壊を目前にした旧人類によって、汚染された環境のもとで生存できるように遺伝子的に改造された変異種であり、
やがて腐海の森の浄化作用がいきわたり、清浄な環境が広がるようになれば、人類を含めた現在の生物はどれも生き残ることができなくなるかもしれない、
ということが判明します。
それゆえにこそ、墓所に眠る旧人類の知識や科学技術を活用し、人類やほかの生物群をふたたび遺伝子的に改造し、新たな環境に生存できるようにすべきだ、というのです。
「有益な生き物」を選別して増殖させ、「役に立たなくなった」生き物(人種も)は選別して地上から排除する、ということも、その選択には含まれているようです。
しかしそれはまた、旧人類のテクノロジー」=高度産業文明に依存した生活を営む道でもあります。
けれども、この説得には、旧人類の傲岸不遜な「思い上がり」、救いようのない自分勝手な価値観が潜んでいます。「選民思想」をもつごく一部の人間が、あらゆる生物(人類も含む)のはるか上に君臨して「造物主=神」として振る舞うということです。
科学技術と工業文明をとことん追求した旧人類は、それゆえにこそ戦争や環境破壊をもたらし、全地球を汚染し、挙げ句の果てに自ら滅びる運命を招きよせてしまいました。
しかし滅亡を目前にして、今度は生物工学によって汚染された環境で生き延びるミュータントとしての生物群を勝手につくりだしました。
ことに腐海の生き物たちには有毒物質を除去させる役割を押し付け、環境が清浄化したのちには滅びを強いる。そんな運命の生き物をつくりだしたのです。
そして、旧人類の文明技術を使って、人類も含めてあらゆる生き物を選別して遺伝子的に改造を施し、新たな環境で繁栄するような人種群、生物群をつくればいい、というのです。
こうして、高度工業文明を復活させよ、というわけです。
「生命を弄ぶ」とは、まさにこのことでしょう。旧人類文明の価値観にしたがって生物を選別して改造し、生態系を組み換えるべきだというのです。