チャーリーは、はじめは遺産相続争いで自分の立場を強めるための手段としてレイモンドを連れ去ったが、やがて兄弟の絆を強く感じ始める。ただ1人の肉親としていっしょに暮らしたいという希望が、しだいに心のなかに育っていくことになる。
■レイモンドとレインマン■
まもなくチャーリーは、幼児の頃に空想していた架空の友だち「レインマン」が、じつは、兄の名前の「レイモンド」の発音から来ていることに気づいた。自分を可愛がってくれた兄だったが、3歳の頃に、突然家からいなくなってしまった。物心がつくよりも前のできごとで、いつしか記憶の底に埋もれてしまったのだろう。
だがその後、物心もつかない幼児としての意識のなかで、心を許せる親しい仲間を意味する「レインマン」へとシンボル化・記号化していったのではないだろうか。
あるいはレインマンとは、幼児期に心に刻印された兄への恋しさが変形した心象かもしれない。
やさしい兄、大好きな兄だったのに、いつの間にか引き離され、いつしか記憶からも消え去り、レイモンドではなくレインマンというシンボルになったのだ。もちろん、3歳のチャーリーは「兄」とか「兄弟」という意味・観念を理解することはできなかった。だが、本能的にいっしょに暮らす家族で、同列仲間で一番自分に近い者というような感覚は得ていたに違いない。
そのレイモンドに対する愛しさ、恋しさが「レインマン」に転形したのだろう。
■才能を利用して「荒稼ぎ」■
チャーリーとレイモンドの兄弟はビュイックでロッキー山脈を越えた。コロラド州を抜けたのか、アリゾナ州を抜けたのか(たぶんあとの方だろう)。そして、ネヴァダ州に入り、華々しい装飾で飾られたラスヴェガス――これはエスパーニャ語風の発音で、米語風では「ラースヴェイガス」らしい――の街を通り過ぎた。
そして、道路沿いのレストランで食事にありついた。ここでも、レイモンドは驚異的な才能を発揮した。ジュークボックスの無数の曲とその説明をこれまた一瞬で正確に記憶してみせた。
チャーリーは、トランプカードでの兄の才能をもう一度確認してみた。パーフェクト!
「!」 ここで、チャーリーの「金儲けのための嗅覚」が俄然目覚めた。チャーリーは急いでラスヴェガスに取って返した。もちろん、賭博に挑戦するためだ。レイモンドの記憶力と数理的能力をちょいと利用すれば、カードゲイムで圧勝できる、という読みだ。
だが、チャーリーは手持ちの金は底をついていた。で、ロウレックスの高級腕時計(4万ドル近い値段)を質にして借金をした。まあ、1万ドルくらいにはなったか。これを元手にして、兄弟は上質なスーツを買った。めかしこんで、いざ賭博場へ!。
勝負をかけたのはカードゲイムだった。ブラックジャックだ。
このゲイムは、投入された何組かのカードセットでどのカードが使われた(捨てられた)か、つまりは残りが何かをを完全に記憶していれば、絶対に負けずに勝負を張れる。というわけで、レイモンドの記憶と数理処理能力にかかれば、どんな凄腕のプロもかなわない。
チャーリーとレイモンド兄弟は勝ち続けた。
あまりに異常な勝ちっぷりに、胴元=経営者は、何台もの監視用カメラをいっせいにこの兄弟に向けてセットした。この監視用カメラは、賭博場内での不正行為や犯罪を予防したり、映像証拠を保全したりするためのものだという。
2人の動きを何台ものカメラが監視した。だが、勝負のあいだは、兄弟の動きに何の不審な点も見出せなかった。
結局、レイモンドとチャーリーは1晩で8万6千ドル余りを稼いでしまった。実際には9万ドル近くの稼ぎだったが、レイモンドが苦手な賭けで3000ドルばかりすってしまったからだ。
だが、破産状態を立て直す資金を獲得したという心の余裕が出たせいか、チャーリーは、レイモンドの才能をちゃっかり利用しながらも、この兄のを誘導する保護者のような気分を楽しみ始めていた。というよりも、レイモンドといっしょにいると、スザンナといるときとはまた別の安堵感とか喜びを感じるようになっていた。
さて、ブラックジャックでの勝ちとともに、チャーリーの人間関係をめぐる運は上昇に転じたようだ。兄レイモンドと会ってから一匹狼のような心性がきえてゆき、人当たりが柔らかくなったせいかもしれない。スザンナに電話して先日の横暴を謝ったところ、機嫌を直してヴェガスに来てくれることになった。今度は、正式の婚約者として。