金持ちになったチャーリーは、宿泊用に豪華なスイートルームを取った。部屋に行く前にホテルのバーでレイモンドともにナイトキャップ(寝る前の軽い飲酒)をひかっけることにした。
バーには輝くネックレスをした女性がいた。たぶん、この手のホテルで金持ちの男性と懇ろになることを狙っているような女性だろう。レイモンドは、その女性のネックレス(の輝き)に魅了された。だが、女性から見れば、レイモンドがずっと自分に見とれているように思える。
で、チャーリーが席を外したときに、レイモンドのところにやって来た。女性は彼の耳元で甘やかに語りかけて、今夜10時にここでデイトする約束をした。
とはいえ、レイモンドにとっては、それは「女性との親密な出会い」「女性とのデイト」というような意味合いというよりも、やさしそうで親しくなれそうな人間と出会った――それがたまたま女性だったということだったのではないか。
バーに戻ってきたチャーリーは、若い女性と親しげにしているレイモンドを見て微笑ましく思った。そして、「今夜10時にアイリスと会う」という約束をしたと聞いて、祝福した。
部屋に入ってから、しばらくは夜景を楽しんだチャーリーは、レイモンドにダンスを教えることにした。だが、レイモンドは、これまで他人に身体に触れられると恐慌を来たす傾向があった。そこで、チャーリーは子どもに教えるように手を取り、ゆっくりと、肩や腰に手を回すことに慣れさせた。
こうしてチャーリーは簡単なステップの取り方、女性のリードの仕方を教えた。というのは、せっかくのデイトの好機なので、女性をダンスに誘いリードする方法を教えておこうと考えたからだ。
レイモンドのことを気にかけ、彼の喜びや楽しみを配慮することが、いまや楽しくなってしまったようだ。これが、兄弟という関係なのだ、と。
他方でレイモンドにも、チャーリーが「年齢の離れた弟」「兄弟」であるという関係を彼なりの方法で理解し始めたようだ。気の許せる人間、すなわち「メインマン」になりつつあった。
さて、しばらくしてチャーリーのフィアンセ、スザンナがやって来た。
チャーリーは彼女に、レイモンドが今夜女性とデイトの約束をしたんだと告げた。レイモンドも「10時にアイリスと会う」と繰り返す。
スザンナは、チャーリーのレイモンドに対する態度がすっかり変わっていることに気づいた。あの利己的なチャーリーが、本当の兄弟としてレイモンドを大切にしている。そのことを、チャーリー自身が喜び楽しんでいる。
母とは幼い頃に死に別れ、しかも兄とも引き離され、感情表現のできない父親に育てられた結果、16歳で家を飛び出した。家族の愛情を経験するというよりも、息苦しくて窮屈な家を飛び出し、孤独を当たり前として育ち、他人は自分の欲望のために利用する手段でしかない、という偏った意識・心理に捉われていたチャーリー。その彼が、兄弟を得てから変わったのだ。
約束の10時が近づいた。レイモンドはホテルのラウンジバーに向かった。お供は、チャーリーとスザンナ。とはいえ、レイモンドには「女性とデイト」という気持ちはない。だから、チャーリーに買ってもらった携帯テレヴィを持ち歩きながら観入っている。
この携帯テレヴィは大きさは8×10インチくらいのもので、どこにいても決められた時間に見たい番組を観るために用意したものだ。レイモンドは人と顔を合わせるよりも、携帯テレヴィの画面を見つめる方がくつろげるようだ。
スザンナは、アイリスがどんな女性なのかを知りたがった。というような和気藹々とした雰囲気で、ラウンジに入った。ここで、チャーリーはカジノの警備部長から呼び出される。
で、レイモンドはスザンナと2人でバーに入って見て周りしばらく待ったが、アイリスは現れなかった。デイトと言う意識はないが、レイモンドはやはり落胆したようだった。スザンナはレイモンドに同情した。2人はスイートに戻ることにした。
戻りのエレヴェイターのなかで、スザンナはレイモンドに実地でキスの仕方を教えた(キスした)。そのあと、スザンナは「どんな感じだった?」と尋ねた。レイモンドの返答は、「ウェット(唇が濡れた)」だった。性的欲求にかかわる異性の好悪とか興奮などの感情は起こらずに、即物的な感覚だけがレイモンドの記憶に残ったのだ。