さて、そのマーカスはウィルとスージーの初デイトに付き合うことになった。だが、鋭いマーカスは、ウィルの狙いがナンパだとすぐに気づいた。
ウィルはといえば、美貌のシングルマザーと期待どおりのデイトの進行に心ときめいていた。が、小生意気なマーカスがスージーについてきたのが気に入らなかった。だが、あくまで、上辺はだれにも優しい「ウィルおじさん」を演じ続けることにした。
スージーはウィルの暮らしぶりを尋ねた。最初の質問は、仕事は何かというものだった。
ここで嘘を言うと、あとになって辻褄合わせが難しくなる。事実を抽象的に伝えて、その場は軽く過ぎようとした。
「今は、とくに何も」
ところが、スージーは質問を続ける。
「じゃあ、これまでに就いた職業は?」
「テンポラリーな仕事なら…。定職には就いたことがないんだ」
「では、どうやって生計を立てているの?」 ごく当然の質問だ。
「父親からの遺産があってね」
「何なの?」
「1曲だけ、クリスマスソングなんだ。そのロイヤルティが入ってくるんだ」
そこにマーカスが横から割り込む。
「ねえ知ってる? マイケル・ジャクスンはねえ、1分間当たりの印税が100万ドルなんだって」
内心いささかむっとしながら、ウィルは憮然として答える。
「ぼくの場合は、そんなに大金じゃあないよ。どうにか生活できる程度さ」
さらに、スージーの質問。
「ねえ、その曲はなんていうの?」
答えを渋るウィル。だが、執拗に答えを迫られてしぶしぶ答える。
「『サンタのスーパースレイ』だよ」
スージーとマーカスは顔を輝かせる。
「ああ、知ってる。よく歌うよ、クリスマスシーズンにはね」と言って、2人は声をそろえて歌い始めた。だが、ウィルはげんなりした。話がどうも安っぽくなるような気がするからだ。
会話が済むとスージーとウィルは池の近くの芝生に場所を取ってランチの準備を始めた。
ところが、マーカスは母親から受け取ったパンを持って1人で池の畔まで歩いた。カチンカチンのフランスパン風の堅パンで、直径20cmくらいの丸いパンだ。だが、12歳の少年マーカスですら食いちぎるのは容易でない固いパン。マーカスは食べたくなかった。で、力を込めてちぎって池のカモの群にやった。
だが、固すぎるパンをちぎるのは大変で、面倒くさくなった。そこで、まだ大きなパンを丸ごと池に投げ込んだ。破壊力のあるパン塊は、運の悪いカモに直撃、即死してしまった。真っ青になるマーカス。池の畔で愕然としていた。
そこに公園の監視員がやって来た。
「誰だ、カモを殺したのは?!」大声で怒鳴りまくった。
騒ぎを聞きつけたウィルとスージーがやって来た。そして、マーカスから経緯を聞いた。
その場の雰囲気を素早く読み取り、とっさの嘘でごまかすのがうまいウィルの機転が働いた。
「いや、あのカモはすでに死んでいたんだ。投げたパンは関係ないよ…」
というわけで、その場を取り繕った。
だが、マーカスの不運はこれで終わらなかった。
デイトが終わって家に帰ることになった。まずはマーカスのフラットに寄った。マーカスとスージーに連れだってウィルも家に入った。
居間のソウファにフィオーナが倒れていた。睡眠薬をたくさん飲んで自殺をはかったらしい。すぐに救急車を呼んで病院に直行した。
幸いにしてアルコールを飲まなかったので、フィオーナはすぐに意識を回復した。命に別条はなかった。というわけで、その日のウィルのデイトはとんだハプニングで終わった。