ある夜、ウィルはバーで素敵な女性と出会った。彼女はウィルの仕事について質問した。
ウィルは「やばい。こりゃだめかな」と思った。無職で職業上の特技も悩みもない、という返事をすれば、たいていの女性は軽蔑したような目つきで離れていくからだ。といって、嘘を言うとあとが面倒だ。そこで、素直に答えた。
「今は充電期間さ。いや、前からずっとね。定職に就いたことがない。余暇時間はたっぷりあるよ」
「まあ、うらやましい。私は仕事で忙しすぎて…」と言いながら、彼女は隣の席の人との会話に加わった。やはり、振られたか、とウィル。
ところが、話題が少年たちがラップミュージックに夢中になるという話題になった。
「そうそう、マーカスもラップにはまっているんだ」とウィルは調子を合わせた。
「私の息子、アリもそうなのよ。ねえ、マーカスはいくつなの?…」
というふうに話が盛り上がって、その素敵な女性は、ウィルが12歳の男の子の父親だと思い込んで、週末に彼女の家に来てほしいと言い出し、デイトの約束まで交わすことになった。
ウィルは、彼女の誤解につけ込んで親密になろうと思い立った。だが、問題はマーカスを連れ出すことだった。
一方、マーカスもまた女の子、エリーを好きになった。エリーは同じ学校の上級生だ。パンク風で鼻にリング(鼻ピアース)を通している背の高い、ぶっ飛んだ感じの少女だ。
あるとき、ウィルから送られたCDのラップをヘッドフォンで聞いて、すっかり陶酔して、つい歌詞を口ずさんで廊下を歩いていた。偶然、エリーの真後ろにつく形になってしまった。なにしろ、性欲を発露するような歌詞だから、彼女はマーカスにからかわれていると思って頭にきた。怒って振り返り、マーカスをどやしつけた。
だが、問いただしてみると、マーカスは真剣にラップにはまっていることがわかった。その素直さにエリーは好感をもった。マーカスもエリーを好きになった。
12歳のマーカスの初恋は、年相応に未成熟で性的な衝動がない分だけ、かなりストイックというか「うぶ」、あるいはプラトニックで、母親やウィルとは話さない話題を語り合いたいという願望によるものだった。
さて、ウィルはマーカスに家に行って、息子の振りをしてレイチェルの家にいっしょに行ってほしいと頼み込んだ。だが、マーカスは、嘘を言うのは嫌だ、本当のことを言うと言い張った。ウィルは何とか説得しようと試みた。
「君は女の子を好きになって、親しくなりたいと思うことはないのかい?」と尋ねた。
マーカスは、エリーと親しくなりたいという希望を語った。その思いにたとえて、ウィルはどうにかマーカスを丸めこんだ。
で、次の休日にレイチェルの家を2人で訪ねた。
レイチェルは、さっそくマーカスを息子のアリステアに紹介した。ところが、アリステアはマーカスの学校の生徒で、2人は何度か顔を合わせていた。アリステアは、母親がボウイフレンドを家に連れてくることに強い嫌悪感を抱いていた。
理由は、つい先頃のいやな経験があったからだ。
アリステアが毛嫌いするタイプの中年男が、ナンパという目的見え見えの態度で、家にやって来たのだ。アリステアとしては「また今度もか!」と頭に来ていた。で、マーカスには嫌みたっぷりの態度で接し、脅して追い返してしまった。
ウィルは、レイチェルが仕事のことを熱中して語る姿を美しいと思って、うっとりしていた。だが、マーカスが追い出されたのを知ると、あわてて家から飛び出して呼び戻そうとした。マーカスは、アリステアに脅されて追い出されたことを告げた。
何とかマーカスを説き伏せてレイチェルの家に戻ると、レイチェルに説得されたアリステアが待っていて、マーカスに謝った。そして、先日のいやな経験を語った。
「ウィルは君のお母さんを好きなんだよ」とマーカスは、ウィルの手の内をばらしてしまった。というわけで、ウィルの訪問は中途半端に終わってしまった。
ウィルはマーカスの「嘘をついたままで恋人にできるの?」という疑問を受けて、レイチェルに本当のことを話すことに決めた。ウィルはレイチェルをランチに誘って事実を話した。
「あなたの誤解を利用して、取り入ろうとした」と。
レイチェルは、「私の願望をあなたに投影しただけなの。あなたのような人が、私と同じように12歳くらいの男の子のシングルファーザーであってほしいと勝手に思い込んだのよ」と返答。
「でも、あなたの印象について言えば『空虚』ということに尽きるわ」
というわけで、ウィルには男性としての魅力を感じて近づいたわけではないことを明言した。品が良くて穏やかだから話し相手としては素晴らしい、ということなのだ。ウィルはすっかり落ち込んでしまった。