この事件を経験して、マーカスは考え込んだ。
母親の精神状態が不安定で、いつふたたび自殺衝動が起きるか心配だ。母子2人では、つまりマーカス1人では、母の自殺の危険をカヴァーできない、と。
結局、家族のメンバー( companion )を増やすしかない。となると母親に伴侶を見つけてやればいいんだ、という結論に達した。
…で、最近出会った大人の男のなかで一番安心で好感が持てるのは、ウィルだ。そこそこ金もありそうだし…
マーカスはウィルの携帯電話に電話を入れて、母親フィオーナとのデイトを申し入れた。ウィルは断ろうと思ったが、シングルマザーの仲間たちに良いイメージを浸透させるうえでは、ここは「感じのいいウィルおじさん」の役を演じておこうと考えて、申し込みを受けて3人で食事をすることにした。
だが、他人とのコミュニケイションが下手なフィオーナのせいで、「会合」は気まずい雰囲気で終わった。「次の機会」はなさそうだ。だが、マーカスはあきらめなかった。
というわけで、マーカスはウィルの身辺調査を始めた。毎日放課後、あるいは休日に、マーカスはウィルの後をひそかに尾行して行動や暮らしぶりを観察した。余暇はたっぷりあって、善良で、礼儀正しい、品がいい。ただし、ネッドという2歳の坊やがいるというのは、ナンパのための嘘だった。気楽な1人暮らしだ。
一方、ウィルは、何となくだれかに監視されているような気配(視線)を感じた。誰かに尾行されているのではないかと不安になった。
警戒し始めたある日、ショッピングセンターでの買い物中に、尾行の気配を察知して身を隠した。すると、店の前をマーカスが誰かを探すように歩き過ぎた。ウィルは監視者が誰かを知った。
数日後の放課後、学校帰りのマーカスがウィルの住居を訪ねてきた。マーカスは、ウィルが2歳の坊やを育てているというのはナンパ用の嘘だと知っていると告げた。そして、「また来るよ( I'll
be back. )」――ターミネイターのセリフ――と言い残して帰っていった。
マーカスは、母親の好みをまったく無視して自分の好みに合わせて、ウィルを選んだ。無意識に自分が近づきたい相手を選んだのかもしれない。
母親との危うい絆、そして学校での孤立……そういうものが、マーカス自身の身近にウィルのパースナリティを必要としていたのかもしれない。
あとでマーカスは自分で気づくのだが、学校から直接に家に帰ると、母親がまたふさぎ込み自殺を試みていないか、という心配がひどく心を圧迫するので、一度心の平穏を求め母親に向き合う決心をするためにウィルの家に寄るということになるのだ。
その後、マーカスは毎日放課後にウィルの住居を訪れるようになった。はじめのうち、ウィルは入室を拒否し、マーカスを無視していたが、だんだん気になる相手になっていく。好奇心というべきか友情というべきか。あるいはウィルも気楽な独身生活の孤独――空虚さ――を心の底で感じていたのかもしれない。
さて、マーカスはいたっておとなしく温和で礼儀正しい。その点では、ウィルとそっくりだった。ウィルの住居に無理やり上がり込んだ最初の日には、ウィルといっしょに静かにテレヴィ番組を見たのち、礼儀正しくお礼の意味で握手をして帰っていった。ウィルとしては、さして圧迫を感じることもなかった。
こうしてやがて、マーカスとウィルにとっては、訪問と受け入れ、そして夕方のテレヴィ番組をいっしょに見るのが日課のようになっていった。だが、それほど意味にある会話をするわけではない。だが、いっしょにいると、互いに穏やかな相手と一緒に時間を過ごして何となく安心するような関係だ。
ところが感受性が強いウィルは、マーカスは口数が少ないが、何やら他人には言えない鬱屈、屈託(悩み)を抱え込んでいるようだと感じ取るようになった。