アンドレイは、この数年間、アンヌ・マリー・ジャケのCD全部を購入し、ネット上の演奏批評をほとんど収録してきました。彼女の成長や名声の高まりを誰よりも喜んでいたのです。妻のイリーナとともに、アンヌの成功を祈ってきました。
レアの愛娘アンヌとこの協奏曲を演奏することで、自分のトラウマを晴らすことができるのではないか。そういう想いに駆り立てられているアンドレイなのです。
その心中を知るイリーナはアンドレイに、「このチャンスにパリでチャイコフスキーを演奏しなかったら殺すわよ」とけしかけていました。
しかし今、酒を飲み続けるだけで、まともな答えを返してくれないアンドレイに腹を立てたアンヌは、「あしたの出演はキャンセルします。あなたに必要なのは、協奏曲ではなくて、アルコール依存症の治療カウンセリングです」と言い置いて、アンヌは店を出ていきました。
打ちひしがれて絶望したアンドレイは、店で酒におぼれ続けました。心配したサーシャが店に駆けつけて、アンドレイをホテルに連れ戻しました。
一方、自宅に戻ったアンヌは、ギィレーヌに「あすの公演はキャンセルしてください」と告げました。成り行きを心配していたギィレーヌは、「やはりだめだったか」と落胆した表情を見せました。
そこに花束を持ったサーシャが駆け込んできました。
「あすの公演をキャンセルしないでくれ」と頼み込むために。
けれども、アンヌは冷たく拒みました。すると、サーシャは「あした協奏曲を案奏すれば、あなたの本当の両親のことを知ることができるはずなのに」と取りすがりました。
そのときギュイレーヌは、サーシャに目配せして、「あのことにはふれてはいけない」と告げました。そこで、サーシャは諦めて、帰っていきました。
だが、サーシャが消えると、ギィレーヌはアンヌに「お願いだから、あすの公演には出てほしい。ここに30年前にアンドレイと共演したヴァイオリンソリストのレアが詳細に書き込みをした楽譜があるの。これをあなたに渡すから、どうかあの協奏曲を演奏して」と懇願しました。
「なぜ、あなたがレアの楽譜を持っているの」とアンヌが問いただしたが、ギュイレーヌは答えることなく出ていきました。
翌朝、アンヌはギュイレーヌの書置きを読みました。
「私はもうあなたの前から消えます。けれど、お願いだから、協奏曲を演奏して」という手記を残して、ギュイレーヌは去っていってしまったのです。
翌朝、アンヌは早起きして、30年以上前にモスクヴァで録音されたアンドレイのオケととレアとの協演による「ヴァイオリン協奏曲」のLPを繰り返し聴きながら、レアの楽譜を読み続けました。