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ここまではアンドレイたちの思惑通りに事が運んだのですが。
ところが、なにしろ相手は経営危機にある劇場です。偽ボルィショイ楽団のパリまでの渡航費(航空運賃)を前払いすることができません。
パリまでの旅費は楽団側が負担して、パリで精算するということになりました。話がどんどんケチくさくなっていきます。
イヴァンが、この厳しい条件を楽団員に伝えたのは、通信事業企業マフィアの娘の結婚式会場でした。団員たちは、イリーナの手配で、この結婚式を盛大に盛り上げるためのサクラとして参加していたのです。
その日の生活費にも事欠くありさまの団員たちは、愕然としました。
イリーナは、詰めの甘い交渉をしたイヴァンを責め立てました。
「今後もあんたの立場を守り通したかったら、何としても旅費を出してくれるスポンサーを見つけるのよ!」と脅しつけました。
そのとき、別のマフィアの頭目、すなわちロシア・ガス公社の総裁が、花嫁の父親(マフィア)からの紹介されて壇上に上がりました。すごく高級なチェロを抱えて。
彼はチェロが趣味だったのです。
それを見てイヴァンは、こいつをスポンサーにしようと思いつきました。さすが政治家、謀略や策略にはとことん素早く頭が回転します。
当時、ロシアの企業団マフィアの多くは、自己宣伝のために資金力にものを言わせて、ヨーロッパの有力なサッカーティームを買収したり、活動費を援助したりしていました。
そういう場合は、企業経営者はたいてい熱烈なサッカーファンです。
とすれば、チェロ=音楽ファンのガス公社総裁に楽団の旅費のスポンサーになってもらう可能性もあるだろう、というわけです。まだ「自由経済への転換」の幻想が振りまかれていて、バブリーな経済だったのです。そして、経済的な富を獲得した者たちは、富を利用してさらに大きな政治権力を獲得しようとするのです。
「あなたもパリのシャトレ劇場でチェロの演奏ができますよ。首席奏者としてね・・・」という甘言に釣られて、総裁はパリ公演旅行費のスポンサーシップをあっさり受諾しました。
ところが、この総裁は、ロシアの政財界に根強い影響力を持っていました。そのため、自分が出演するコンサートを徹底的に自己宣伝の場として利用しようとしました。なにしろ、ロシアでは一流の音楽家は民衆から絶大な人気を得られるのですから。
彼は、ロシア国営テレヴィ局の最大の株主ですから、金を惜しまずに放送局の音楽取材グループを総動員して、パリからの衛星中継プログラムを企画・手配したのです。
テレヴィ局が大口スポンサーの要求に従順なのは、言わずもがなの事実。総裁の要求はまる飲みされました。
そして、中継生放送番組のスケデュールを大統領や首相など政界の指導者に連絡しました。
その含みは、「今後も資金の支援を受けたかったら、必ずおれの演奏を観て称賛の言葉を用意しておけ」ということらしいのです。
この男、政界でも最大のスポンサーシップを誇っているようです。