死にゆく者への祈り 目次
追いつめられた暗殺者 U
原題と原作、そして作者
見どころ
あらすじ
戦列からの離脱
ロンドンのマーティン
  アイリッシュ社会
八方ふさがりのマーティン
居合わせた神父
暗殺者の告悔
渦巻く敵意
孤高の精神
ミーアンの焦り
マリガンとの再会
惨劇の始まり
死にゆく者への祈り
2つの物語の対照
作品に見られる国民性
おススメのサイト
異端の挑戦
炎のランナー
アイアランド紛争関連の物語
黒の狙撃者

死にゆく者への祈り

  翌日の夜、ジェニーがマーティンにジャックからの連絡を伝えた。金とパスポートが用意できたので、港のアメリカ行き貨物船に乗り込むように、ということだった。マーティンは、ジェニーとともに車で埠頭に向かった。
  波止場に着くと、ジェニーは様子を見るために、タラップを登り先に船に乗り込んだ。そして、マーティンを呼んだ。金と旅券が用意されていると。
  ところが、それは罠だった。ジェニーは娘を人質に取られているので、脅されてマーティンを貨物船に誘い出す役を押し付けられたのだった。船上には、ジャック・ミーアンの手下3人がショットガンやライフル銃で武装して待ち構えていた。
  だが、マーティンは、こうなることを読んでいた。
  彼は舷側をよじ登って甲板に出た。そして、ジャックの手下の1人を襲って銃を奪い、服を脱がせて海に飛び込ませた。さらに残りの2人もやはり銃を奪って服を脱がせて、海に飛び込ませた。

  だが、ジャックは攻撃を2つに分けていた。
  船で待ち伏せするグループとは別れて、ジャック自身はボディガードとともに教会を襲撃していた。彼らは時限爆薬を用意して乗り込んだ。
  ジャックとボディガードは、ダコスタとアンナを捕らえると、リフトで屋上の工事足場に連れ出し、鐘楼の近くの枠に縛りつけた。そして、時限装置を10分後に設定し、そのことをダコスタとアンナに告げた。
  そのとき、礼拝堂のオルガンの演奏が聞こえてきた。葬送行進曲だった。
  ジャックはボディガードを階下の礼拝堂に行かせた。オルガンを弾いているであろうマーティンを捕らえて、屋上に連れてこさせようという腹だった。
  ボディガードがリフトから降りたとき、オルガン演奏は止んだ。彼は拳銃を手にして、オルガンの鍵盤ルームに近づいた。衝立の向こうには煙草の煙が立ち上っていた。演奏席にマーティンがいるものと判断した。そこで、こっそり近づいて捕えようとした。

  ところが、それはマーティンの罠で、ボディガードは、いつの間にか背後に回ったマーティンによって逆に捕えられてしまった。マーティンは男から銃を奪って、後ろ手を取り、首を絞めて倒した。そして、リフトに乗りこんで屋上に向かった。
  ジャックはリフトが上ってくるのを見て、乗っているのがマーティンなら先制攻撃をかけようと待ち構えた。
  だが、マーティンは屋上の真下の屋根でリフトを降りて、ジャックの背後に回った。そしてジャックに銃口を向けて動けないようにした。
  マーティンはそのまま、ダコスタを拘束しているナイフで綱を切って自由にし、ダコスタにアンナを解放させてから、2人でリフトで礼拝堂に降りるように指示した。


  2人が屋上から去ったのち、マーティンはジャックと正対した。マーティンは、時限爆薬のタイムリミットが迫っていることに無関心を装っていた。死ぬことを恐れていないからだ。
  けれども、ジャックは気が気ではなかった。
「あと2分を切ったぞ!」と叫んだ。だが、マーティンは無視した。そのうえ、ジャックの気持ちを逆なでするような言葉を返した。
「ビリーは火葬したよ。あんたから火葬設備の運転方法を教わったからな」
  ビリーは暴力沙汰以外には、ほとんど無能な弟だった。だが、ジャックにとっては唯一の肉親だったから、ビリーをかわいがっていた。
  だから、ジャックは逆上して、マーティンが銃を構えているのもかまわず突進した。
  不意を突かれたマーティンは押し飛ばされて、足場の空隙から足を踏み外してしまった。下に落ちながら、マーティンは防水シートをつかんだ。だが、シートはすぐに破れ始めて、マーティンは落下した。

  人生に虚無的になっていて死を恐れていなかったマーティンだが、咄嗟の落下で生き延びようとする本能的がはたらいて、手当たりしだいにすがりついた。そのとき手に触れたのは、礼拝堂の天井から吊り下げられている、十字架に磔刑にされたキリスト像だった。
  マーティンは十字架をつかんだ。そのままキリストに身体に腕を回した。あたかも、救いを求めてキリストにすがりついたような姿になった。だが、マーティン自身の身体の重みに落下速度が加わって、マーティンの身体はどんどん下降する。
  そのとき、ジャックが屋上から投げ落とそうと抱えていた時限爆薬が炸裂した。アンナを連れて、遊園地まで避難していたダコスタは、教会の屋上と屋根が一瞬の火炎を放って吹き飛ぶのを見た。

  何とか像にすがりついていたマーティンは、爆発の衝撃を受けて、周囲の部材とともに落ち始めた。
  はじめはキリストの首にすがりついていた手はどんどん下がり、胸、腰、ついに膝と足まで落ちていった。最後に、マーティンはキリストから見放されたかのように、宙空を落下していき、そのまま床に叩きつけられた。マーティンの上には、崩れゆく壁や梁、装飾などが落下していった。
  そして、とどめの一撃のように、キリスト像=十字架が瓦礫の上に落ちていった。

  ダコスタは急いで教会に駆け付けた。礼拝堂の内部は爆発でめちゃめちゃだった。崩れた木材や煉瓦、装飾物が床に積み上がっていた。瓦礫の上に崩れ落ちた十字架の下に瀕死のマーティンがいた。
  ダコスタは瓦礫を取り除けてマーティンを救い出そうとした。だが、手遅れだった。マーティンの息は消え去ろうとしていた。ダコスタは死にゆくマーティンに向かって叫んだ。
「マーティン、祈るんだ。神に許しを乞え!」
「いまさら、無駄だ」マーティンは、消え去ろうとする意識のなかで抗った。けれども、死を目の当たりにしたとき、最後の息とともに、かすれた声を発した。マーティンの心を覆っていた固い意思の殻が崩れて、その下に隠されていた本心が現れたのだろうか。
「神よ、許したまえ」
  その声を聞き取ったダコスタは、死にゆくマーティンの魂を救済するために、神に寛恕を祈った。

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