トムは事故調査委員会の審問が終わるまで、自宅待機を命じられていた。家でメーガンと顔を合わせるのが辛くてたまらない。死期が近づく妻をただ見守ればいいのか。だが、これまで目を背けてきた現実にどう向き合っていいのか戸惑っていた。メーガンにどう接していけばいいのか。愛する妻を失おうとしている自分の立場と気持ちに、どうやって折り合いをつけるのか。
トムは、倉庫代わりの別棟に鉄道模型の見事なジオラマをつくってきた。これまでは、メーガンとの気まずさを避けるために、ジオラマづくりに逃げていたともいえる。
一方メーガンは、気まずさから逃げるかのように、サンフランシスコに1人で旅行に出かけるといって、旅行の準備を始めた。トムは必死で止めた。トムは自宅から遠く離れた場所への移動を禁じられている。癌のために体力が消耗しきっているメーガンを1人で旅行に出すわけにはいかない。
それでも、1人で出かけるとメーガンが言い張ると、トムは「どうか行かないでくれ。これまでの埋め合わせ(つぐない)をしたいんだ」と言い出して、どうにか外出を思いとどまらせた。だが、それで、ギクシャクした関係がなくなるわけではない。
トムは、追い詰められているメーガンにきちんと向き合い、いたわってやらなかったことについて、強い自責の念に駆られていた。で、倉庫に行くと、ジオラマのパーツを無理やり引き剥がして壁に投げつけた。大切にしてきたジオラマを壊すことで、自分に対する怒りを発散させたのか。こんな趣味に没頭することで、妻の気持ちを理解する努力をしなかったことを、後悔しているのか。
それでも、2人がどうにかひどい気まずさを収めたところに、デイヴィが現れた。
デイヴィが現れたとき、メーガンは庭仕事をしていた。メーガンは庭に草花を植えるのが好きだった。
デイヴィは礼儀正しい挨拶をし、言葉使いも丁寧だった。トムに会いたいと言ったので、家のなかに入れてトムに紹介した。トムは事故現場でデイヴィと会っていた。
すると、突然、デイヴィはトムに食ってかかった。
「あなたが列車を急停止させていれば、ママは死なずに済んだのに。なぜ、止めなかったんだ。ママを殺したのはあなただ!」
トムは、腕を振り回して殴りかるデイヴィを抑えつけて答えた。
「俺は運行規則にしたがったまでだ。あの場合、乗客と列車の安全を何よりも守らなければならなかった。カーヴに差しかかっていて、急ブレーキはかけられなかった」
説明を聞いて、デイヴィは急におとなしくなった。彼もまた熱心な鉄道ファンで、子どもにしては実に良く鉄道システムを理解していたからだ。運行規則マニュアルや安全管理のシステムのこともだいたい知っていた。それに、あの日は朝から母親の様子がおかしく、睡眠薬を飲んで踏切に入り込んで自殺をはかったということも知っていた。
デイヴィは頭の良い少年で、聞き分けも良かった。母親が放棄した家事も自分でこなしていた。
だが、突然おとなしくなった少年の様子をメーガンは心配した。トムが説明した事情を理解したのか尋ねた。
「運行規則のことはわかります。仕方ありません。母が自殺しようとしていて、ぼくにも薬を飲ませようとしたんです…」と言って、デイヴィはうつむいた。