スイスのある町で生まれたヴィトゥス。測定不能なほどに知能が高い。その天才児が好きになったのはピアノ演奏。
だが、幼児の頃から百科事典を読みこなすヴィトゥスは、同じ年代の子どもたちと同じような普通の生活や教育から引き離されれしまう。両親が彼を普通の子どもの生活から引き離して、特別の英才教育に押し込むことになったからだ。
けれども、ヴィトゥスは「普通の子ども」になりたかった。親の過剰な期待に悩むヴィトゥスは、彼が大好きな祖父のアドヴァイスからある反抗を思いついた。
ある日、ヴィトゥスは大型の模型飛行機で空を飛ぼうとして墜落する事故を起こして意識不明になった。脳震盪を起こしたのだ。意識が回復すると、彼の天才的な知能は失われ、普通の子どもになっていた。両親はひどいショックを受けた。
ところが、事故による才能の喪失という事態は、ヴィトゥスが自分らしい生き方を模索するための「演技」だった。専門の医師を含めた周囲の人びとを騙し通していたのだ。知能が高いがゆえにできる芝居だったのだ。
そんな偽装をつうじて、親が押し込んだ英才教育から抜け出したヴィトゥスは何を求めていたのだろうか。
映像物語の冒頭がじつにいい。
美しいアルプスの山岳に囲まれた草原のなかにエアフィールド――空港ともいえない小規模飛行場――がある。1人の少年が金網フェンスを乗り越えて草地の滑走路に入り込んだ。そして、単発式の小型飛行機に乗り込んで、エンジンを始動させた。
それに気がついた整備士が、少年の無謀な行動を止めようとしたが、無駄だった。
少年は滑走路=草原で飛行機を走らせると数十メートルの滑走で飛び立った。そして、急上昇と旋回ののち山岳を超えて飛んでいった。
この少年が、12歳のヴィトゥスだ。
冒頭の場面で描かれるヴィトゥスのこの大空の冒険は、物語展開の終幕近くの出来事である。
映像は、さまざまなエピソードを経て、ヴィトゥスがこのとき1人で小型飛行機に乗り込んで大空に旅立ち、自分の人生の目標に向かって飛び立つまでの経緯=物語を描くことになる。