僕のピアノコンチェルト 目次
天才児の孤独と反抗、そして自立
原題について
見どころ
あらすじ
飛び立つ少年
天才児ヴィトゥス
父親レオの成功
ヴィトゥスの恋
ヴィトゥスの反逆
ヴィトゥスの孤独
異議申し立て
才能を失ったヴィトゥス
「普通の子ども」の楽しみ
祖父との絆
金融投機の冒険
ヴィトゥスの「自由空間」
イザベルとの再会
祖父の死
フォナクシス乗っ取り
ぼくのピアノコンチェルト
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サンジャックへの道
阿弥陀堂だより
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

金融投機の冒険

  ある週末、ヴィトゥスは祖父の家を訪れてピアノ――舞曲やワルツ――を弾いた。外は強い雨ふりだったが、ヴィトゥスは気分がよかった。おどけて、過剰に抒情的な表現で、しかもテンポの緩急差をつけて演奏し、「これがロシア風の演奏だよ」と祖父に語りかけた。
  その祖父は、バケットやボウルを持って家じゅうを忙しく歩き回っていた。というのは、家の屋根や天井が老朽化してきたために家のいたるところで雨漏りがしていたからだ。
  「雨漏りがひどい。屋根と天井を私が自分で直さなければならん。何しろ、金がないからな。
  わずかな預金と年金を担保に銀行から金を借りたが、そのローンももう限界だ。あと数年もすれば、私は破産するだろう…。そうなれば、この家も差し押さえられるだろう…」と祖父は嘆いた。
  「じゃあ、パパから借りなよ」ヴィトゥスは気楽に提案した。
  「いや、お前のお父さんも今は借金で首が回らんよ。会社が経営危機に陥っているからな。だが、好景気のときのままの贅沢な生活を維持しとるからな。資金繰りが大変さ」と祖父は、レオの懐具合を打ち明けた。

  そのあと、ヴィトゥスが電車で家路についた。その直後にレオが高級車に乗って、ヴィトゥスを迎えにきた。だが、本当の目的は、父親に経済的な苦境を打ち明けて愚痴をこぼすためだった。そのくらいに、フォナクシス社の重役であるレオは、経営危機に苦悩していた。
  父親が淹れたカフェを飲みながら、父親からの励ましの言葉を聞いた。
  さて、祖父からフォナクシスの経営危機のうわさを聞いたヴィトゥスは、家に戻った夜、父親に会社の様子をそれとなく尋ねた。
  フォナクシスは、レオの技術のおかげで補聴器では世界市場で8割のシェアを占めるまでになったが、獲得した利潤=資金に物を言わせて電子機器の分野にも手を広げた。だが、その結果、開発費や工場建設費などの費用がかさむばかりで、収益の伸びは達成されなかった。しかし、その業績不振の経営情報は、まだ株式市場では公開されていなかった。
  だが、次の決算後の株主総会で、経営不振(財務諸表)と危機打開の方針が表明されるはずだった。

  「会社は手を広げすぎた。不振の責任をとって社長は引退するつもりだ。危機が表面化するまでは、社長は次期のCEOの座を私に譲るつもりだった。ところが、この危機で、次期CEOの椅子を息子のニック(ホフマン・ジュニア)に譲ると決めたんだ。そして、新社長ニックが、今後の経営方針を決めることになるだろう。
  だが、彼の経営能力と今期の決算諸表からすれば、市場の反応は、遠からず当社の株価の暴落という結果をもたらすだろう。会社の経営資金は一気に枯渇して、危機は深刻化するだろう…」
  たかが12歳の「普通の子ども」には、こんな愚痴を言ったところで、何もわからないだろうとレオは思ったに違いない。


  ところが、ヴィトゥスは「普通の子ども」ではない。ひそかに金融経済の専門書とインターネットのデイタ検索・リサーチで、世界金融のメカニズムを熟知していたのだ。そんなヴィトゥスは、めまぐるしく運動する脳のなかで、祖父と父親――つまりは家族である自分の生活水準――の財政危機を乗り越えるための方策を考えていた。
  ただし、父親に子どもらしい、しかし的を得たアドヴァイスをした。
  「衰弱した余計な枝を切り落として、健全な幹を守るべきだね」

  翌週末までにヴィトゥスは、株式(投機市場)の証拠金取引(LBO)のための書類を用意して、祖父の銀行預金(ローンも含む)をもとに株取引のアカウントを設定し、インターネットで株の短期的売り買いオペレイションを試みた。
  ねらいは、父親の会社フォナクシスの株価の急激な下落を見込んだうえで、株式スワップを試み利ザヤを稼ぐためだった。というのも、先頃の父親との会話でヴィトゥスは「インサイダー情報」を手に入れていたからだ。フォナクシスの業績情報とトップ人事がもたらす効果を冷徹に計算した結果だった。
  祖父は、「そりゃあ、インサイダー取引じゃあないか。厳しく禁止されている違法取引だぞ。いいのか?」
  ヴィトゥスは、情報を漏らした父親は、このことに気づくことはないと確信していたから、平然としていた。彼の計画は、祖父の預金残高を飛躍的に増大させるだけでなく、すぐれた技術と競争力を備えた地元の会社(地元経済と雇用)を再建するために、不可欠だし、必ず成功すると確信していたからだ。

  フォナクシスの株主総会のあとのある夜、ヴィトゥスは祖父の家で過ごした。祖父とともに、コンピュータ端末でウェブによる株式市況の動きに注目していた。翌日の明け方近くまで、フォナクシスの株価は上昇を続けた。上昇がこのまま持続すれば、祖父は全資産を失ってしまう。
  祖父はいたたまれず「散歩に行こう」と言い出した。
  そのとき、ヴィトゥスはフォナクシスの株価の変調を確認した。大暴落が始まった。
  こうして、祖父の口座の預金額は一挙に60倍以上に膨らんだ。投機は大成功だった。祖父はこの日、360万スイスフランを手に入れた。

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