その後、ヴィトゥスは祖父の銀行預金資産をあれこれの金融投機(ヘッジファンド)にリスクを分散させて運用して、数十倍に増やした。そのあとは、もはやリスクの高い投機には手を出さなかった。堅実な資金運用をはかったようだ。
どれほど知能が高かろうと、わずかな成功体験に酔って金融投機を続ければ、かならず破局が訪れることをヴィトゥスは学んでいた。金融投機市場の参加者としての共同主観を身につけてしまうことが、投機失敗の最大の原因であることを学んでいたのだ。
ヴィトゥスは、祖父から資産の運用を任されていた。つまり、彼はものすごい金持ちの少年なのだ。
その資金のほんの一部を使って、彼は「自由空間」を手に入れるための冒険をおこなった。
都心のオフィスビルの1フロア全体を、父親のレオの名義で借り切った。不動産会社に大金を振り込み、ヴィトゥス自身は、忙しい父親の――弱冠12歳の――代理人として振る舞って、不動産会社の社長と交渉して賃貸契約を結び、広大な部屋の鍵を受け取った。
だだっ広いフロアに購入した高価なグランドピアノを運び込み、高性能のオーディオセットを設置した。街中の音楽レコードショップで、好きなクラシック音楽のCDを好きなだけ買い込んだ――大半はピアノ曲かピアノ協奏曲だと思われる。ああ、うらやましい!。
そこで、ヴィトゥスはだれにも気兼ねせずに好きなだけ音楽を聴き、ピアノを演奏した。
■祖父の飛行機と操縦シミュレイター■
ちょっぴり高額の買い物をしたのは、ヴィトゥスだけではなかった。祖父もまた、子どもの頃からの夢を実現するために冒険を試みた。
その1つ目は、小型飛行機操縦練習用のシミュレイターだった。もちろん超高性能のコンピュータシステムによって制御される装置だ。祖父は飛行機乗りになりたかったのだ。祖父は空を翔る快感を経験したかったのだろう。
ある日、ヴィトゥスが祖父の工房に行くと、巨大なエアクッションに包まれた操縦シミュレイターが動いていた。なかでは祖父が、コンピュータによる巨大な液晶画面を見ながら、実物のコクピット同様に数多くのスイッチや計器・インディケイターが並んだ操縦装置を操っていた。
滑走、離陸、上昇、旋回の練習に没頭していた。ヴィトゥスも練習させてもらった。
2つ目の買い物は、本物の小型単発飛行機だった。町外れの草地の小型飛行場にその飛行機は置いてあった。老人の夢は飛行訓練の疑似体験・訓練にはとどまらないようだ。とはいえ、そこには祖父だけでなく、孫の夢も含まれていたようだ。