イザベルへのプロポウズが「空振り」に終わって、少し気落ちしているヴィトゥスに携帯電話が入った。
祖父が自分で家の屋根と天井を修理しようとして落下して、瀕死の重傷を負ったというのだ。町の大病院のICUで治療を受けているという。ヴィトゥスは急いで病院に駆けつけた。祖父は首の骨や脊髄をひどく損傷していて、命をようやくとりとめたものの、いつまた危篤になるかもしれなかった。
その夜、ヴィトゥスは祖父に付き添った。
祖父は自分の命が尽きようとしていることを悟り、ヴィトゥスに孫と息子夫婦への遺言を託した。
とりわけヴィトゥスには、 「私はパイロットになって大空を飛んだんだよ――たぶん昏睡状態のあいだに見た夢=幻覚だろう――。お前も大空に飛び立て」
と言い置いた。
翌朝、祖父は冥府に旅立っていた。
■フィオナクシスを救え■
祖父の遺言は、ヴィトゥスが冒険的な金融取引で巨額に増やした祖父の銀行預金をレオに遺贈できるようにしたいというものだった。ところがヴィトゥスは、祖父の資産をレオに遺贈するにさいして、フィオナクシス社を経営危機から救済しようともくろんだ。
今、父親がいるフォナクシスは財務危機と経営者の交替で大きな岐路に立っていた。フィオナクシスは――町の税収のかなりの部分を占めるうえに多くの人びとを雇用しているので――町の経済に不可欠の存在だった。しかも会社の経営危機のなかでレオもまた窮地に立たされていた。
そこで、ヴィトゥスとしては、父親の立場ともに地元の優良企業を救済することと、祖父の遺言とを同時に実行する必要があった。つまり祖父の資産をフィオナクシス救済のために運用しようというのだ。
というわけで、冷静な読みにもとづいて冒険を試みることにした。ただしヴィトゥスは匿名で動く必要があった。自分になり代わるダミーが必要だった。ダミーを得るためにヴィトゥスは音楽の世界での冒険に打って出ることにした。
ところである日、今は音楽雑誌を編集しているルイ―ザ――彼女は十数年前に「星占い」で天才児ヴィトゥスの出産を「予言」したらしい――が、都心の高級オフィスを経営拠点とする資産家からの呼び出し受けた。
ルイ―ザがそのオフィスに行ってみると、なかでは美しくピアノ曲が響いていた。見事な演奏だった。そのピアノを演奏しているのは、ヴィトゥスだった。
事故のためにかつての才能を失ったと思っていたヴィトゥスが、その天賦の才能をさらに磨いて、素晴らしい演奏をしている。「騙されたわ!」とルイ―ザは驚いた。が、すごく嬉しくもあった。