冒頭シーンに次いで、クレディット画面が流れて事件の経過に沿った物語が始まる。
3歳のヴィトゥスは祖父の家の工房にいる。祖父はヴィトゥスに、その昔、幼い頃、将来の夢の第一はパイロットになることだったと語った。
「2番目は棺桶家職人だたったの?」とヴィトゥスが訪ねた。
「2番なんか、どうだっていいさ。1番目だけがすべてだよ」と答えた。
そんな会話をしながら、祖父はブーメランをつくっていた。
やがてヴィトゥスの4歳の誕生日がやってきた。
ヴィトゥスには玩具のピアノが贈られた。
ヴィトゥスは、ピアノ演奏の場面をテレヴィか何かで見ていたのだろう。はじめて見たピアノの鍵盤の意味をすぐに把握して、知っている曲を弾き始めた。鍵盤の並び・配置と音階との関係をすでに直観的に理解していたようだ。
こうして、飛び抜けた知能と素質を秘めた幼児であることが、両親や知り合いたちに知れ渡った。
とにかくものすごい知識欲、旺盛な好奇心、頭抜けて高い学習能力……とにかく言葉の意味や理由を知りたがる。玩具のピアノの次の「遊び道具」は百科事典だった。この世界の知識を教えてくれる情報媒体がとにかく大好きなのだ。ニュウズや雑誌も好きで、世界の動きを知るのが趣味だった。だが、ヴィトゥスがほしいものの1番目はピアノだった。
ヴィトゥスの両親は、母親がヘレンで父親がレオ、ファミリーネイムはフォン・ホルツェン。父親は独立のエンジニアで発明家。母親は雑誌編集の事務所のパートタイムで、編集者だ。その頃、両親は当初はヴィトゥスに「普通の子ども」と同じように育ってほしいと願っていた。
ところが、まだ幼児のヴィトゥスは、いくら天才でも、情緒面での自己抑制というものを知らない。自分の思ったことや感情を、ほかの子と同じように、率直に表明してしまう。
幼稚園では、最近彼の頭を悩ませている環境問題、とくに地球温暖化問題を同年代の幼児相手に語り、論争を仕かける。やがて、人類が住めなくなるほど地球の気候は変動してしまうと。周りの子どもたちは、あまりに恐ろしい話題を怖がって泣き出し、ヴィトゥスには近づかなくなってしまった。
その頃、ヴィトゥスの父親、レオは高齢者や難聴者向けの補聴器の開発に取り組んでいた。マイクロ集積回路を活用し、さらに耳に飾る装飾品のようにスマートで美的なデザインを採用するものだ。
彼は、そのアイディア(特許)=技術を手にして、地元の有力ま補聴器会社、フォナクシスに売り込みのためのプレゼンテイションをおこなった。フォナクシスは、父子が経営陣をなす中堅規模の同族企業だった。レオの強気の売り込みは成功して、彼は最新鋭の補聴器を製造する部門の長、開発責任者になった。
というわけで、ヴィトゥスの家族の収入は一挙に膨れ上がった。
そのおかげで、ヴィトゥスは、ほしくてたまらなかったピアノ(アップライト型)を買ってもらうことができた。圧倒的に高い知能指数を持つヴィトゥスは、大喜びで練習してまたたくまに上達した。母親のヘレンは、ヴィトゥスに優秀なピアノ教師のレッスンを受けさせた。
4歳でリストやブラームスの難曲を弾きこなすようになった。とはいえ、小さな掌に合わせた演奏だった。
ある日、レオとヘレンは、レオの会社の主だった面々を自宅に招待したホームパーティを開いた。
社長はレオを気に入っていた。だが、社長の息子ホフマン・ジュニアは、いきなり外部から突出したアイディアを持ち込んで新製品部門の幹部になったレオが気に入らなかった。
レオとヘレンは社長父子を驚かせてレオと家族の評価を高めるために、ヴィトゥスを利用することにした。ヴィトゥスにピアノを演奏させようとしたのだ。でも、ヴィトゥスは気が向かなかった。にもかかわらず、レオはヴィトゥスを抱え上げてピアノの席に座らせてしまった。
不機嫌なヴィトゥスは、おとなたちをからかってやろうと思った。
はじめは子供向けの練習曲を弾いていたが、突然、変奏して、驚くようなテンポで難曲を弾きこなした。