阿弥陀堂だより 目次
故郷の原風景
原作について
見どころ
あらすじ
原作者と信州の農村
豊かな水と緑、そして阿弥陀堂
堂守の老女おうめ
帰郷のいきさつ
孝夫と美智子
「阿弥陀堂だより」
幸田重長とヨネ
季節のリズムと農村
映像物語の語り口 映画の眼差し
おうめの語り口
小百合の病状と治療
医師の病気観と死生観
おうめの祈り
秋祭り
晩秋、そして幸田老人の死
深まる秋、美智子の決断
孝夫の静かな創作意欲
さまざまな生き様、さまざまな夫婦像
冬の訪れ
深まる冬、そして春への胎動
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深まる冬、そして春への胎動

  それからまもなく雪が降りやまない日が続いて、野山は厚い雪おおわれていく。
  冬、雪に覆われたの奥信濃の風景は、青みを帯び水墨画のようになる。木々や樹林は常緑樹でも深い黒や茶色を帯びる。棚田が並ぶ山腹斜面も雪をかぶり、石垣で縁どりされた段差も雪をかぶって丸みを帯びていく。
  村里のなかで田や畑を仕切る境界も雪の下に消えてしまう。田畑と道路との境界も失われ、平らな里の風景と山の斜面との区別もつけられなくなる。それでも、山の姿としては、落葉広葉樹林は積雪した山の地肌が透けて見えるのに対して、杉を中心とする常緑針葉樹林は黒々と沈んだ色の塊となっている。

  豪雪地帯の飯山地方では、雪かき、除雪は大変な労力を求められる大仕事、重労働だ。高齢者には手が出せない。おうめが住まう阿弥陀堂も周囲を深い雪に閉ざされてしまう。だが、そこに独り暮らしているおうめは、そんな、雪に覆い尽くされてしまう季節に動じる風もない。

《阿弥陀堂だより》
  雪が降ると山と里との境がなくなり、どこも白一色になります。山の奥にあるご先祖様たちの住むあの世と、里のこの世との境がなくなって、どちらがどちらだか分からなくなるのが冬です。
  春、夏、秋、冬。はっきりしていた山と里との境が少しずつ消えてゆき、一年がめぐります。人の一生と同じなのだと、この歳にしてしみじみ気がつきました。


剣の舞が催された小菅神社の神楽殿
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◆剣の舞◆
  真冬を迎えるとこの村の神社では冬祭りの剣の舞が奉納される。
  祭りの夜、村の男たちは松明を手にして二列になって神社の石段を駆け上り、拝殿に参礼する。拝殿の前には神楽殿がある。神楽殿は杉の巨木の森に取り囲まれているが、そこには1メートル以上の積雪があるようだ。
  剣の舞のために境内は除雪されているが、神楽殿の周囲には人の背丈よりも高く掻かれた雪が積み上げられている。村人たちはそんな雪の壁を背にして拝殿と神楽殿を取り囲んでいる。

  神楽殿のなかでは孝夫が鬼の面をかぶり古武士のような装束を身にまとい、幸田から譲られた剣を揮って舞っている。非常に力強い舞だ。その力強さは、深い雪に埋もれた山里の人びとが厳しい冬にじっと耐えながらどっしり大地に根を下ろして生きている逞しさを表現するかのようだ。

  さて、そんな冬の寒さと積雪量が頂点に達する頃には、昼の時間が目に見えて長くなり陽射しの強さが増すようになる。「光の春」がやって来る。3月末でもまだいたるところに深い雪が残っているが、奥信濃に春が兆し始める。
  そんなある日、阿弥陀堂のおうめを孝夫と美智子の夫婦、そして小百合の3人が訪ねた。
  太陽は軌道がずっと高くなり、陽光が運ぶ温かさは一段と強まっていく。そんな眩しいほどの光を受けながら女性3人が阿弥陀堂の前に並んだところを孝夫がカメラを構えて撮影している。全員、笑顔が輝いている。そして、美智子の腹は大きくせり出している。微笑む美智子の顔は、すでに逞しい母としての面構えを帯びていた。

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