ナンシーはスーザンの大学(学部)時代から親しい友人だった。だから、今回の昏睡事故は大きな衝撃だった。が、その精神的ストレスは、スーザンの学究精神、ものごとの原因を追究したがる心性を駆り立てる方向に働いた。
マークは、なにやらむきになって調べまくろうとするスーザンを抑制をかけようとした。だが、むだだった。
スーザンは病院の中央情報管理室に行って、コンピュータ担当者にナンシーに関する病歴デイタを検索してもらおうとしたが、それは規則違反になるとして断られた。押し問答の末に、過去1年間にこの病院での手術中に昏睡状態に陥った患者の名簿リストを出力させた。
すると、20人以上が該当することがわかった。しかも、そのうち6割は、年齢が若く健康だと見られていた患者で、手術も比較的簡易なものだった。
だが、そんな規則破りの情報収集を知ったマークは、研修医としての資格や権利を奪われる理由になるからただちに止めるように説得した。
手術中に体質やアレルギー反応、ショックなどで昏睡状態に陥る患者は、統計によれば10万人に6、7人だ。この巨大な病院では、手術患者はものすごい数になるから、12人くらいなら平均以下じゃないか。親友が脳死状態になったからといって、むきになる必要はないじゃないか、と。
2人は勤務シフトのロウテイションで夜勤の番だったので、気分を変えるために、夜食がてらカフェに行くことにした。
ところが、出口に向かう途中で、麻酔科の医師ティームが昏睡の原因究明をめぐって検討しているところに出くわした。スーザンはまたもや気持ちを抑えきれなくなって、麻酔科部長ジョージ博士に調査記録を見せてくれと頼み込んだ。
だが、たかが駆け出しの研修医が、合州国の麻酔学会の会長を務めた重鎮に向かって口をさしはさんだのだ。ジョージ博士は不快さを満面に表した。医師の世界は実績に応じた権威の序列が厳然と存在する社会なのだ。
麻酔科の専門家たちが原因究明しても原因を把握できなかった問題に、専門家でもない研修医が嘴を入れてくるとは、と突っぱねた。
どこの世界にも、部外者が立ち入れない「領分」がある。スーザンは、その領分に外から大胆に足を突っ込んで嗅ぎ回っている。
というわけで、研修医としてのスーザンを監督する立場の外科部長、ジョージ・ハリス博士がスーザンを呼び出して、注意を与えた。コンピュータシステムのデイタベイスに規則違反のアクセスをかけたこと、麻酔科部長に記録を見せてほしいと要求したこと、担当外、専門外の問題にやたら首を突っ込んでいること、これらは懲戒と研修医としての資格や権利の停止の理由になるから止めるように、と。
麻酔科部長は強くスーザンを非難し、研修医としての資格を取り上げてしまえと強く要求していることも告げた。
外科部長は、親友のナンシーの昏睡がショックなのはわかるが、病院内の規律や規則、秩序を守ってほしいというのだ。が、研修医としての資格を剥奪することはなかった。
そして、むしろ、スーザンを心配するかのような態度で、今度の週末には休暇を取って気分転換をするように勧めた。いや、休暇を取るように迫ったともいえる。