手術室に搬入されるスーザンを見送ったマークは、急いで地下の設備管理室に駆けつけて、一酸化炭素のボンベを探した。患者に脳死を引き押しかけについては、昨夜、スーザンから話を聞いていた。
ボンベから階上に伸びる配管をたどりながら、マークはOR8の患者のマスクに送る酸素を一酸化炭素に切り換える装置(タイマーと配管切り換え装置)のありかを探した。そして、まさにその切り換えが始まろうとする寸前に、装置を見つけて電源を切って、一酸化炭素の供給を阻止した。
そのあと、現場の証拠を保全するための措置を取ってから警察に連絡した。
一方、OR8では医療ティームは手術を続けていた。そのなかで、ジョージ・ハリスは手術開始すればやがてスーザンのマスクには一酸化炭素が送られて脳死を起こすはずだと見込んで、執刀しティームを指導していた。そして、手術が終わった。スーザンは炎症を起こしてもいない虫垂を切除されてしまった。
縫合と検査が終わって、麻酔担当の医師がスーザンのマスクを外して呼びかけ、意識を回復させようとした。すると、何事もなかったようにスーザンは意識を回復した。
ハリスは、あの装置が誰かに発見され、仕組みが解除されたことを悟った。陰謀は発覚してしまったのだ。
OR8に駆けつけたマークは、ふたたびストレッチャーに乗せられたスーザンを見つけて、笑顔で彼女に話しかけた。脳死装置を止めることに成功したことや、警察に連絡したこと、昨夜は彼女の母親に電話していたことなどを話した。
ハリスは、暗くなった手術室で1人、ぐったりと壁に寄りかかった。
このシーンで映像は終わる。
映画のなかで、外科部長のジョージ・ハリスがスーザンに向かって、この実験的事業=陰謀の理由、その目的の正当性を主張する場面がある。その言い分はこうだ。
合州国の医療費は年ごとにものすごい速度で膨張している。やがて、医療費は、社会の財政負担能力をあらかた食いつぶしてしまうだろう。
医療技術はどんどん進歩して、診断・治療機械は高額になり、人びとの入院日数は長期化している。そして、回復見込みのない脳死患者や慢性病の治療費も恐ろしい勢いで増大している。
だから、脳死患者から健康で移植可能な臓器を切除して販売する(つまり巨額の報酬=収益を得る)ことで、医療セクターの収入を増やさなければならないのだ、と。つまり、医療機関や一般患者、政府の財政破綻を避けるための手段なのだ、と。
この「実験」には、連邦政府や医学界の有力者たちも1枚噛んでいることを匂わせてもいる。
はじめは、意図的にではなく、偶然、不可抗的に発生した脳死事故の結果として、そうした患者を集中的にケア(生命維持措置)する施設をつくり、何かの偶然で移植用臓器の譲渡を始めたのかもしれない。ところが、巨大な研究設備が建設され運営されていくと、臓器切除と売買=オークションが自己目的化してしまった。というのも、この分野の市場は将来きわめて有望な利殖機会をもたらすはずだったからだ。
こうして、脳死を意図的に引き起こす謀略の仕組みができ上がる。
外科部長の言い分は、じつに自分勝手な口実だ。だが、しかし、高度医療技術の発達や医療サーヴィスの複合化、大規模化、入院・治療日数の長期化、慢性病(生活習慣病)の広範化などによって、医療に向けた社会の支出が突出して膨張していることは、厳然とした事実だ。医療費による財政負担が、社会や経済の活力をかなり切り取り吸収してしまっていることも、解決すべき課題となっている。
けれども、アメリカ社会固有の仕組みが、この負担を個人や民間団体、医療機関に対してより深刻なダメイジを与えやすい脆い構造になっていることも、事実ではある。この特殊アメリカ的な構造を一瞥してみよう。
ところで、日本でも最近の財務省主導の「財政改革」とリンクした「福祉・医療改革」で、庶民にとって医療負担の重みをよりひどくする制度に変わりつつあることも、想起しておこう。しかも、現在ではTPP交渉が進んでいて、これは日本の医療の社会保険制度をアメリカの保険会社に開放する可能性をも含んでいるらしい。