じつは、この問題は、前々回のアメリカ大統選挙で「最大の政策論争の1つ」になったのだ。8年前の民主党陣営での大統領候補者選びで、すでに最大の論点として提起されていた。オバマとヒラリー・クリントン女史が、国民的な医療保険制度を導入する改革を提起していたのだ。
この意味で、私は、ヒラリー女史の個性や人格とか選挙手法は好きではないが、現代アメリカ社会の社会的病理に取り組もうとする姿勢は高く評価している。
この問題をクリアしないと、しだいに世界での最優位や威信を失いつつあるアメリカ国家の内部での階級闘争や社会的亀裂が深刻化して、国民的統合が危機に陥るリスクがあるということなのだろう。
学生(法科大学院)時代、駆け出し弁護士時代から、貧困地区で弱者救済や社会正義のためにヴォランティアで活動してきたヒラリーは、この問題の深刻さを感受性豊かな時期に体験したのだろう。
さて、その後オバマは大統領選挙で勝利し、さらに再選された。彼も公的医療保険制度の導入を政策提案してきた。だが、議会で多数派を占める共和党や民主党保守派の反対――背後には保険会社の利害と画策がある――で、制度はとことん切り縮められ、しかも財政逼迫で進んでいない。
自己責任を強調する「小泉改革」以来の日本の政権党の政策は、実態的なヴィジョンを隠したまま、日本をこういうアメリカ型の社会の方向に転換していく傾向がかなり明白だと思う。とりわけTPP交渉では、アメリカ政府は民間大手保険会社の利害を代弁して、医療保険分野の規制緩和や自由化を求めている。これを飲めば、日本の社会の安定性は崩れていくだろう。
とにかく、医療費に対する公的な補助や扶助が貧弱で、加入者の保険料負担、医療費負担が重くなりがちなアメリカ社会では、医療機関の側としても、医療サーヴィスの対価を確実に受け取り回収するためのリスクが絶えず付きまとうということにもなう。
また、高額の医療費を払える一握りの金持ちへの医療サーヴィスだけを考慮する、という経営姿勢では、病院は、ますます巨大化・高額化する医療機器や医療設備、薬品・治療法の導入を安易に続けることはできない。
高額の医療費を保険や自弁で支払うことができるのは、一握りのエリートだけだからだ。費用回収のリスクとコストを下げる方法は、薄く広く、そして公的機関の関与を広げること、これしかない。
医療費をめぐる多数の市民個人のリスクを「社会的リスク」としてとらえ、負担の平坦化ないし、より多くの利潤を獲得する企業や投資家から、それなりに公的財政への負担の重みを担ってもらう必要があるだろう。所得の2次的な再分配だ。
もっとも、アメリカの金持ちのなかには、寄付や慈善活動には個人として何百万ドル以上の巨額を支出するけれども、制度としての公的扶助給付の財源として税金を払うのは、価値観や政治思想として納得できないという偏屈者が多いとか。公的な扶助を制度化することが「社会主義」に思えるのか?