さて、ボストン病院では、また新たな昏睡事故が発生していた。
30代の建築家で、タッチフットボールのプレイヤー、ショーン・マーフィーが、膝の故障を修復する手術を受けた。施術は第8手術室(OR8)。手術は取り立てて難しいものではなく、短時間で終わるはずだった。ところが、やはり終了間際になって昏睡に陥り、脳死状態になってしまった。
その患者は、連絡事務報告ののち、患者搬送者(救急車)でジェファースン研究所に運ばれていった。
この事実を知ったスーザンは、見学者としてジェファースン研究所に入り込んで、その内部で何が行なわれているのかを探り出そうと考えた。
ところで、マークに救われたスーザンではあったが、出世欲丸出しのマークは今回の陰謀に加担している(少なくとも見てみない振りをしている)ように思えた。
その夜、スーザンが目覚めると、マークは電話で誰かに連絡していた。「スーザンはここにいる」と。
猜疑心に取り付かれたスーザンには、陰謀の黒幕に、秘密を探り出したスーザンの居所を内通しているように見えた。だが、彼はスーザンの母に連絡していたのだ 。そんなことを知らないスーザンは、ここも危ないと思って逃げ出してしまった。
そして、市街のホテルに投宿した。
彼女は、病院と連絡を断ったまま、ジェファースン研究所に出かけ、その見学者に紛れ込んで、内部に入った。
この研究所は、植物状態になってしまった患者のケアを専門的に研究・実践する機関だという。だから、ここにはアメリカの東部沿岸地域のいろいろな病院から、治療中に脳死状態に陥ってしまった患者たちが集められている。
奇妙なのは、この巨大な施設の管理者は、見学者への説明を買って出ている女性看護士のほかには見当たらないということだ。専門の医学者が前面には出てこないのだ。
というのも、患者のケアはすべて自動化したメカニズム=集中制御のコンピュータシステムによって管理されているからだ。患者はすべて感覚や意識を失った脳死状態。表情もなければ、身体の動きもない。だから、温かみのある人間による手当てや観察が必要ないのか。
多数の患者たちは巨大なアリーナのような「病棟」に集められ、天井から吊り下げられたサスペンダー(伸縮スティール帯)によって上肢と下肢、頭と胴体を支えられ、全身が床上80センチメートルくらいの位置に水平に保たれている。手や足、頭など、いずれかの部分がずり下がれば、自動的にサスペンダーが伸縮して、水平を保つようになっている。
そして、栄養や酸素を供給する管が、検知器=測定器と結びつきながら、身体の各部につながっている。脳のほとんどは機能を停止しているが、身体器官・組織は生き続けるように周到に管理されている。
女性看護士によれば、この研究所は連邦政府からの資金拠出を受けていて、医学界の支援も受けているという。つまりは、「国家的なプロジェクト」だというわけだ。
こうして研究所施設のうち外部の医師や専門家に公開できるものの見学は終了した。看護士は見学者を誘導して出口に向かった。
ところが、スーザンは回廊の途中で急に別の方に曲がって、ある部屋の扉の向こう側に隠れて、施設の内部にこっそり残った。そして、部屋から部屋を探って歩いた。
すると、ある1室で電話での交渉がおこなわれているのを目撃した。