やがて、オフィスの外には雨がやって来た。ターナーの予測とぴったり合っていた。
そして、宅配便の集配係が訪れた。エドウィナは、同じ係員の毎日定時の来訪なので、厳密な確認もなしに扉を開錠した。そこには、ターナーへの本部からの手紙も入っていたらしい。
返事の中身は、「該当する懸案事項なし」だった。
しばらくして、ターナーは早めの昼食と買い物のために外出することにした。だが、きょうは雨なので、横着をして、通常は通行禁止となっている通路を通って裏口に回った。そうすれば、近くのカフェまであまり雨を浴びることなくたどり着けるからだ。
ターナーが行きつけのカフェのなかで、常連たちとたわいもない日常会話をしている頃、文学史協会の玄関に郵便配達員が訪れた。いつもと同じ時刻だった。同じ制帽と制服。エドウィナは扉を開錠した。
入室した郵便配達員は、すばやく(消音機つきの)マシンガンを構えて1階にいた職員たちに銃弾を浴びせた。直後に、通行人を装っている若い男もオフィスに侵入してきた。さらに、監視役の男も入り込んできた。一味の指揮者らしい。
暗殺者たちは、階段で1人、2階で2人を殺した。そして、3階で読み取り解析コンピュータを操作していた中国系の若い女性職員、ジャニスも容赦なく射殺した。オフィスにいる6人の死亡を確認すると、3人の暗殺者は静かに出ていった。
彼らは、文学史協会の内部の事情に詳しく、外部から出入りする委託業者の訪問時間や制服・制帽などについても通じていた。セキュリティシステムの仕組みとその弱点を巧みに突いた襲撃だった。監視の結果か。それとも、CIA内部とのコンタクトがあるのか。
しばらくしてコンドルはオフィスに戻ってきた。ブザーを押してカメラに顔を向けても、反応がなかった。扉を押すと開いた。またセキュリティ装置の故障か、と思いながら室内に入った。
ところが、オフィスの内部は恐ろしい惨劇の結果を示していた。6人全員が虐殺されていた。ターナーはこの事態をCIAニューヨーク支局に通報しようとして、1階の電話を取り上げたが、やめた。回線が切断されていたのか。それとも、文学史協会からの電話連絡が危険だと判断したためか。
ターナーは、エドウィナの机の引き出しから拳銃を取り出して携行することにした。
ターナーは、静かに建物を出てから街路の雑踏に紛れ込んだ。そして数ブロック歩いてから、歩道に設置された公衆電話ボックスに入って、ニューヨーク支部に連絡した。
だが、CIAの電話通報対策員(交換手)は、ターナーが「コンドル」という暗号名を告げるまで通報に応じようとしなかった。通報対策員は外部からの連絡に対して最初に対応して、CIAの組織の安全と適切な対応をその場で一瞬で判断する前線の指揮官でもある。組織に属する人間ならば、コードネイムを告げさせて本人確認をしなければならない。
とにかくターナーは暗号名を告げて、文学史協会が受けた襲撃と凄惨な殺戮の状況を説明した。そして、救出と保護を求めた。だが、対策員は、状況を正確に掌握するまでは救出と保護ができないと返答し、とにかく当面安全なところに身を隠せと指示した。コンドルに対して、文献解析が専門の、フィールド工作活動の訓練をまったく受けていない素人に対して。
ニューヨーク支局としては、この緊急事態に対応するしかるべき情報把握と組織としての態勢準備が完了しなければ、コンドルの救出・保護に向けた対策が取れない。
そもそも、CIAとしての「正しい対応」を取るために誰に連絡すればいいかさえわからないのだ。内部に裏切り者がいるかもしれないし、誰が裏切り者か不明なのだから。
通報対策員は、ターナーに、逃亡に際して自分の住居など襲撃者たちが網を張っていそうな場所にはけっして近づくな、と助言した。 ターナーは混乱した。