さてその頃、あの長身で眼鏡の紳士、すなわち請負暗殺者は、クライアントと打ち合わせをしながら街を歩いていた。暗殺者は、G.ジョウバー(ジュベール)というアルザス生まれのドイツ系フランス人。相手がアメリカであれ、ソ連であれ、フランスであれ、報酬しだいで暗殺を引き受けるコンタクトキラーだ。
クライアントが思いも寄らぬ方向に事態が推移しているようだ。今後の対策を検討しなければならなかった。ジョウバーとしては無駄な殺しはしない主義だったが、任務の遂行と身の安全のためには力技が必要な状況だ。
ジョウバーは提案した。陰謀が発覚しないように、謀略の人脈をたどる証人や証拠を消す必要がある。そこで、重傷を負って病院に収容されているウィックスを消す、と。そして、コンドルについても。いずれも報酬なしで抹殺する、と。
一方、キャシーの部屋では、ターナーはテレヴィニュウズを見ていた。ホテル裏の殺人事件について報道していた。ニュウズによれば、サムと思しき人物が射殺され、容疑者は逃げ去った。麻薬絡みの事件らしい。重傷を負ったウィックスに関する情報は皆無だった。
CIAはウィックスの通報を受けて、即座に偽装工作をおこない、ウィックスをCIAの息のかかった病院に搬送し、現場にはニセの証拠を残したようだ。あるいは、市警察に圧力をかけて、公表内容を捏造したか。
ターナーは、こうしてCIAが市民社会に対して虚偽の情報を流す工作をする以上、生き延びる算段は自分ではかるしかない、と決意した。だが、サムの妻に危険が迫っているようだ。彼女は、ターナーの大学の同期生だった。夫妻は彼のかけがえのない友人だった。
そこで、ターナーはサム・バーバー夫妻の住居に行って、妻の安全を手配しなければ、と考えた。
バーバーの住居では、豪華な夕食の準備をしていた妻が、サムの帰宅が遅くなるといっていらついていた。ターナーは、帰宅が遅くなることをなぜ知っているのかと尋ねた。そういう電話が先ほどあったというのだ。そして、無言電話(つまり自宅にいることの確認)が3回あった、と。
誰かが彼女を狙っているのか?
とにかくターナーは、彼女をその友だちの部屋、そのコンドミニアムの別の階の部屋に行かせた。当分そこにいて動くな、と注意して。
サムの部屋からの帰り、長身の紳士が下りエレヴェイターに乗り合わせた。その静かな気配は、ターナーに強い警戒感を呼び起こした。建物のなかでは住人の目が多いので、危険はコンドミニアムを出たときだ。そう見たターナーは、キャシーの車までたどりつくまでの対策を講じた。
出口で若者たちに「車の鍵を置き忘れたので車まで行ってピッキングで開けてくれたら5ドル出す」と申し出て、彼らの集団といっしょに駐車場所まで戻った。
近くの木陰から狙撃しようとしていたジョウバーは、まんまと裏をかかれた。そして、素人ながら、プロから身を守る術を案出したターナーのセンスに脱帽した。ある種の敬意を抱くようになった。
だが、殺害依頼を受けた標的には違いない。ジョウバーは、望遠照準器を使って、ターナーが運転して走り去る車のナンバーをしっかり読み取った。それで、車の持ち主の名前と住所を割出すことができる。