あれから、そうとも知らないハリーは、取り戻した絵を金に換えようとしていた。手立てを考えるためにバーで一杯引っかけていたとき、2人連れの刑事がやって来て、同行を求めた。拒否すると、刑事たちはハリーを逮捕・連行しようとした。が、一瞬の隙を突いてハリーは逃走した。片手に手錠がかけられたまま。
ハリーは近くの駅に逃げ込み、列車を待っていたマリエケを捕まえ、片側の手錠を彼女の右手にかけて、大陸行きの番線から急行列車に乗り込んだ。その間、通路で、あるカップルからティケットを掏り取った。
コンパートメントに連れ込まれたマリエケは、強盗殺人の罪を犯したとハリーを非難した。ハリーは否定したが信じてもらえなかった。そこで、騒ぎ立てようとするマリエケを抑え込んで、強引に逃避行に引きずり込むことになった。ハリーとしては、スイスで換金しようという計画だった。
だが、走り出してしばらくすると、急行列車は通過するはずの駅で緊急停車し、警官隊が乗り込んできて捜索を始めた。ドノヴァンはコンパートメントのドアに施錠して、窓からマリエケを連れて逃げ出した。
その後、すったもんだの逃亡のあいだに降雨にあって、いっしょにずぶ濡れになったマリエケは風邪をひき、発熱がひどくなった。その間に、デイヴィスの計略で、マリエケもレンブラント名画強奪の共犯扱いを受けるようになっていた。
やがて、ハリーは郊外の古びた倉庫でクラシック・スポーツカーを盗み、ワイヤーカッターで手錠を壊してマリエケを自由にした。けれども、ハリーは「あと1日付き合ってくれ」と彼女に頼み込んだ。
それにしても、マリエケの風邪と発熱を治す薬の代金と逃走資金が必要だった。そこで、ハリーは一稼ぎすることにした。
ひと気のない道端に車を停めると、トランクを開けてなかにあった箱鞄のなかから、幼児が鉛筆で絵を描いた紙を見つけると、デッサンを始めた。わずか数分で、そこに、マリアが幼いキリストを抱きか抱えた、神々しいばかりのコンテ画ができあがっていった。
傍らでその手際を見ていたマリエケ。ハリーの頭抜けた才能・腕前に驚き入って見つめ続けた。
多くの「過去の」天才や巨匠の絵を研究してきたマリエケ教授も、これほどの描画の才能・資質を目にするのははじめてだった。ハリーの天賦の才能を確信した彼女は、ハリーの懇願(もう1日逃走に付き合うこと)を受け入れることにした。
さて、ハリーはでき上がった「宗教画」を商店街の愛好家に売りつけた。その金で風邪薬(解熱剤)を買い入れて、マリエケに渡した。
翌日、レンブラントの「贋作」を換金しようと、あちこちの絵画の故買屋に電話するハリーを見て、マリエケは批判した。天才ともいうべき才能をもつハリーが贋作づくりに時間を費やしているのは、「才能の浪費」だ、自分のオリジナルの作品づくりに打ち込むべきだ、と。
だが、ドノヴァンは反論した。 「あなたは、恵まれた富裕な家柄に生まれ、高名な美術史学者の娘として育った人だ。そんなエリートに、その日暮らしの貧乏絵描きの生活が理解できないさ」と。だが、自己弁護であることは、ハリー自身にもわかっていた。
結局、重罪に絡んだ「名画」に飛びつく故買屋は見つからず、怪しげな小悪党の1人に10万ポンドで売り渡すことになった。
夕刻、別れの時間が迫ると、ハリーはマリエケに1通の封書を渡した。「俺が捕まったら、この手紙を投函してくれ」と頼んで。そして、彼女に長距離バスに乗り込むよう促した。
1人で闘う道を選んだハリーに、マリエケは大いに不満だった。恋は本物になっていたのだ。ハリーの冤罪晴らしと画業への専念に向けて何か手助けしたい気持ちだったのに。だがハリーとしては、危険な道にこれ以上彼女を巻き込むわけにはいかなかった。